2014年8月30日土曜日

盛りだくさんな一日(その分疲れたわな)

午前8時にトランジション世田谷茶沢会のガーデン部の活動で、まず絹さんがいらっしゃる。
と思いきや、ほかのメンバーがいつになっても来ない。
朝、雨が降っていたので、中止かと思って二度寝した人、寝坊した人など、結局9時を大きく回ってからカトシュンさんがいらして、秋野菜のいろいろの種まき作業。

私は三木一家が、お盆の帰省中にあずかっていた鉢植えの引き取りにやってきたので、幾央くんと遊んだり、幾央くんと遊んだり、幾央くんと遊んだりしていた。
幾央くんを二階に連れていって、抱っこして階段を降りたとき、最後の一段を踏みはずして転んだときには驚いた(めったにしない靴下とスリッパの二重履きのせい/急に涼しくなったせい)。
幾央くんに怪我がないようにと必死にバランスを取り、結果的に私も幾央くんも無事。
でも、ちょっとこわい思いをさせてしまった、すまん。

10時半からは「朗読トレーナー養成講座」の第二回。
一回めに参加した六人のうち、脱落せずに残ったのは二人、KATと菜穂子さん。
第一期の朗読トレーナー資格認定者はこのふたりとなる予定。
ふたりにはもう一回受講してもらう必要があるが。

今日は声帯の構造についてのお勉強のほかに、実際にどのようなエクササイズがかんがえられ、また有効かどうか、参考本を見ながら実際にふたりにやってもらった。
なかなかいいぞ、これは。
音読療法とはまた別の切り口で、多くの人の役に立ちそうだ。
私自身、実際にやってみたいと思うくらいで、知的活動をともなう筋力トレーニングとしておもしろい方法だ。

午後2時から昼ゼミ。
幸さんからカステラをいただいたので、コーヒーといっしょにいただく。
基礎トレーニングをやったあと、幸さんの課題の漱石の「火事」を聞かせてもらう。
なんと、この一週間でみごとに変容して、彼女自身のオリジナリティがかいま見える朗読が現れてきた。
とてもがんばったと思われる。
こちらの方向性が深まれば、朗読表現のみならず、ナレーションや吹き替えの仕事においても、ほかの人には取り替えのきかない、唯一無二のオリジナルな存在として、輝いていくことができるはずだ。
てんちゃんは例によって『虚構船団』をじっくり聞かせてくれて、楽しかった。

午後4時、アイ文庫の最初期から付き合ってくれているオーディオブックリーダーの相原麻理衣が、声の仕事仲間をふたり連れて来てくれた。
予定では10月からハードなスケジュールでスタートするオーディオブックの収録要員として、その資質を見させてもらうために、マイク収録テストをさせてもらった。
ふたりともとてもしっかりした表現で有望だが(さすがに麻理衣の推薦だけある)、問題点もないことはない。
もっとも、それらはたぶん克服可能な問題なので、もう一度機会をもうけてアドバイスとトレーニングをしてもらうことになった。

5時半すぎ、羽根木を出て、蔵前に向かう。
新代田、渋谷、表参道、青山一丁目と乗りついで、蔵前へ。
蔵前から浅草橋三丁目まで歩いて、みぞれちゃんの朗読ライブの会場の〈gallary kissa〉へ。
「べにてんぐたけと声とものがたり」というタイトルのライブで、私がテキストを2本提供している。
音でボイスパフォーマーの本田ヨシ子さんがからんで、とてもおもしろいライブだった。

終わってから、みぞれちゃんが作ったキノコケーキやワイン、その他をいただきながら、談笑。
げろきょゼミ生が多く、なごやかな会で楽しかった。
みぞれちゃんとは、明後日の9月1日、横浜白楽〈ビッチェズ・ブリュー〉でライブをやる予定。
詳細はこちら

2014年8月29日金曜日

静かに集中した一日の最後はみんなとも集中

東京は寒いくらいに涼しい。
昨日の朝の洗濯物が、今朝になってもまだ乾いていなかった。
涼しくてコンピューターに向かう仕事に集中できるのはいいが、ずっと座っているので身体には負担がある。

今日の日中、出かける用事もなく、人が来る予定もなく、だれにも会わずにずっと部屋にとじこもってコンピューターに向かっていた(食事とコーヒーのほかは)。
朝からいくつか案件を片付けて、午後は某出版社からの依頼されている百人一首の音声編集をやっていた。
音声自体はおそらく15分程度のみじかいものだが、なにしろ百首あってそれぞれ上の句と下の句がある。
全部で200ファイルを切りだし、切りだすだけでなくノイズカットとブランク調整、そして音量・音圧などのマスタリングがいちいちある。

昨日から取りかかって、いままでに延べ8時間くらい費やしているが、まだ半分くらいしか終わっていない。
音楽やオーディオブックをふくむ音声の仕事は、とにかく時間がかかる。
しかし、決して嫌いな仕事ではない(面倒だけど。仕事というのは面倒を抱えこむことだ、というのは養老孟司先生の言葉だったかもしれない)。

合間に気分転換をかねてピアノの練習を何度か。
週明け、月変わりの9月1日(月)夜は、白楽〈ビッチェズ・ブリュー〉でのライブだ。
朗読とのライブだが、ソロピアノも弾く予定だ。
ピアノ単独の演奏のとき、私はなにをどう弾きたいんだろう。
そのことにちょっと徹底的に向かい合ってみようと思った。
自分自身はどうしたいのか、あるいは自分自身の表現はどのようになるのか。
恣意的な、もしくは外部的な要因を厳しく排除したとき、そこにはどんな音が立ち現れるのか。
あえてスタンダードナンバーを練習中に、少しだけなにかがかいま見えたような気がした。

夜はオーディオブック・ゼミ。
実利的な目的を持ったゼミ。
最初に最近の気づきとか気になったできごとを参加のみんなに話してもらうのだが、今夜もびっくりするような話、うれしい話、頭を抱えてしまうような話が次々と飛びだしてきた。

今夜のメインは、朗読者があまり客観的にとらえられていない「音程感」についての分析と実践。
オーディエンスにとって「よい朗読」とは、なにが「よい」から「よい」と聴こえるのか。
そういったことを原理的、客観的に検証できる場として、私にとっても貴重な時間であった。
参加の皆さんには感謝。
今夜参加できなかった方は残念でした(笑)。

2014年8月28日木曜日

ピアニスト、帰省する

だいたい毎月数日間、北陸の実家に帰省しているのだが、今回の帰省はなんとなく「ピアニスト」として帰省していた感が強かった。

今回の帰省は8月24日から27日までの4日間。
25日に三か月に一度の恒例となった福井県立病院でのピアノコンサートがあることがわかっていたのだが、帰省する直前までなにやかやと予定が立てこんどていて、曲の準備がほとんどできなかった。
このコンサートでは日本の唱歌などの季節の曲をいつも演奏しているが、今回は夏の終わりから秋にかけてという季節で、なかなかしっくりくる曲がない。

とうとう帰省当日になってしまって、北陸の実家へ移動してから曲目の準備、当然まったく練習できないまま、翌日の本番を迎えることになってしまった。
しかし、私の演奏は、練習はするけれど、本番ではあらかじめ準備したことをなぞることはしない。
練習でいいアレンジができることがあると、これを本番で使おうと思うことはあるが、いざ本番になると気分が変わったり、忘れてしまったりして、結局そのときの即興で演奏することが多い。
たまに練習のときのアレンジを思いだし、そのとおりにやろうとすることがあるが、そういうときは逆にうまくいかなくなってしまう。
あらかじめ準備したことをなぞろうとすると、それを踏みはずしたときは「失敗」になってしまうし、うまくなぞれたとしても「いまここ」の自分の状態を無視して「虚構」を演じることになるので、生気は失われてしまう。

ということで開きなおって、本番のときの自分自身にすべて任せることにした。
結果的には、うまくいった部分もあればうまくいかなかった部分もある。
しかし、自分自身に正直に、誠実に演奏できたという実感はあって、表現の深化の道すじは踏みはずさなかったと感じている。

帰省中に朝日新聞で、ピアニストであり作家であるヴァレリー・アファナシエフと吉本ばななの短い対談のコラムを読んだ。
アファナシエフは詩作や小説、随筆などの著作があり、私も『ピアニストのノート』を愛読している。
コラムを読みながら、そうか、自分もかんがえてみればピアニストであり作家でもあるのだなあ、とあらためて思った。
ピアニスト、つまり実演家であり、同時に作家=著作者であるというのはどういうことなのか。
あらためてこのことをきちんとかんがえてみよう。

帰省中にはおいしいものを食べ――写真にあるように、サザエのつぼ焼きやゴーヤチャンプル、手打ちのおろし蕎麦、オクラの胡麻和えなどの夏野菜の料理――、夜明け前後の里山の風景を楽しみ、刈り取り前の黄金の稲穂や怖いほどに大きく育った里芋畑を見たりした。
これらは私が書きのこしたい世界のできごとであり、また演奏という抽象化の作業によってもだれかに届けたいことでもある。

2014年8月27日水曜日

240回を越えた「マインドフルな毎日」

ブログ「マインドフルな毎日」を書きはじめて今日で(数え間違えがなければ)244回めとなった。
今年の元旦からスタートして、一日も抜けていない。
と書いて、おなじようなことを100回越えのときにも書いたなあ、と思いだした。
まあいい。
せっかくなので裏話を。

「音読日めくり」につづいて、この「マインドフルな毎日」も、とにかく一年365日、欠かさずつづけようと思ってスタートした。
思考と物書きの基礎トレーニングのようなもので、こういう「所業」はわりあい好きなのだ。
なにごとかを持続すること、というニーズがあるのかもしれないし、昨日やれたことを今日もやれる、今日やれたことを明日もやれるという、自分の能力の確認のニーズもあるかもしれない。
より深いところに別のニーズがあるような気もするが、とにかく苦しいだけではなく、義務感を超えるなにかのニーズがあることは確かだ。

ところが、スタートして30日くらい――つまり一か月くらいで、これはだめかも、と思った。
なにしろ、ネタがない。
とくに後ろのほうの「マインドフルの練習」は、毎日なにかしら違うネタをかんがえて書くわけだ。
こういうことをすればマインドフルの練習になるんじゃないか、と思える行為を毎日一個ずつかんがえて、それを書く。
これってやってみればわかると思うけれど、そうたやすいことじゃない。
そうそうポンポンとマインドフルの練習になるような行為を思いつくものじゃない。
一か月くらいですっかりネタは尽きてしまった。

もうこれ以上連載をつづけるのは無理、と思いながらも、あと一日、あと一日と書きつないで、とうとう今日まで来てしまった。
途中、何回かは人からネタを提供してもらったことがある。
ありがたいことだ。
また、「いつも読んで役に立ってる」といわれて元気づけられたことも何度かある。
まったくこうやってつづけていられるのは、みなさんとのつながりがあるから、感じられるからだなあ、と思う。

もうひとつ。
マインドフルネスの練習を毎日一個ずつ思いつくのは大変なことだが、これにはコツがある。
マインドフルネスの練習を思いつくためにはマインドフルになる必要があるのだ。
マインドフルネスをこころがけ、自分の呼吸と身体、ありように注意をむけ、いま自分がここにあって自分のありように気づきつづけている状態にむかったとき、ふっとアイディアが浮かんでくる。
これは本当のことだ。
何人かは私が思いつく瞬間を目撃しているが、そのことを証言してくれるかもしれない。

今日、つい先ほど、明日の分のマインドフルネスの練習を思いついた。
それはマインドフルネスをこころがけながらお茶を口にふくんだときに浮かんできた。
そういう状況でどういう練習を私が思いついたのか、明日のマインドフルネスの練習を読んでみてほしい。

2014年8月26日火曜日

【YouTube】晩夏ピアノコンサート@福井県立病院エントランスホール抜粋映像

2014年8月25日に福井市の福井県立病院エントランスホールでおこなわれた水城ゆうのピアノコンサートの模様を、抜粋でお送りします。

三か月に一回のペースでおこなっているボランティアコンサートですが、唱歌を中心にした季節の日本のメロディを、即興アレンジで演奏する一時間のコンサートです。
次回は11月11日です。
年明け2015年になりますが、東京都内でも都立広尾病院でおこなう予定になっています。

視聴はこちら(下の画像をクリック↓)

共感的コミュニケーション雑感

明後日8月28日(木)の羽根木の家での共感的コミュニケーションの勉強会に、何人かの参加申し込みをいただいた。
定員までまだまだ余裕があるので、ご都合のつく方はどうぞ気楽においでください。

現代朗読のゼミ生がお母さんを誘って参加してくれる例が2件、つづけて発生して、ちょっとびっくり(笑)
現代朗読にしても共感的コミュニケーションにしても、すこし前まではなにやら得体の知れないものという印象があったようで、ゼミ生自身も参加していることを家族や友人に隠していたり、ライブに知人を誘うのをためらったり、といった例があったのだが、最近はオープンになってきてありがたいかぎりだ。
友人やパートナーをはじめ、肉親や兄弟までライブや共感的コミュニケーションの勉強会に誘ってくれる人が出てくるようになったのは本当にうれしい。

ひとりはお母さんといっしょに共感的コミュニケーションを受けてくれて、そのお母さんは自分のお店でも共感カフェを開催してくれた。
もうひとりはライブにお母さんを誘ってくれて、そのときに私もちょっとだけお話させていただいたのだが、今度は共感的コミュニケーションの勉強会にもいっしょに参加してくれるという。


長年、ネットで情報発信していると、さまざまなリアクションがあって、なかには個人攻撃のようなレスがついたりすることがある。
最近も匿名の人から私のことを「(共感的コミュニケーションを)実践できていない。そもそも理解していない」と断定するようなコメントがあった。
たしかにその方はそのように感じたのだろう。
そして当然のことながら、私とて共感的コミュニケーションを完全に実践できているわけではないし、むしろ学習過程であるから不完全極まりないと自分でも思っている。
そのことはみなさんにもお伝えしているし、自分が不完全であることを認め、できるかぎり誠実に表現・発信していきたいと思っている。
私は共感的コミュニケーションのベースとなっているNVCの公認トレーナーではないし、そもそも日本には公認トレーナーがまだいない。
そういう不完全さのなかでも、できるかぎり誠実に、正直に、自分がやれる範囲で伝えていきたいと思って、何人もの仲間が活動している。

匿名のコメント者は、私が書いていることの「本当の中身は水城氏独特の屁理屈と心理分析の真似事でしかない」と断定しているが、ご本人はそのように感じたのだろう。
私のことが気にいらなければ無視すればいいし、SNSの場合はフォローをはずしたりブロックするところだろう。
それなのにそうせず、匿名ではあるけれどわざわざコメントという形でメッセージをくれたということは、私のことを気にしてくれているのだろうと受け取っている。
ありがたいことだ。
私としては、書いていることが「屁理屈」や「真似事」に堕しないように、これからも日々、みなさんと学びと実践を深めていくばかりだ。


私も残り時間が気になる年齢になってきたが、残された貴重な日々と年月をできるかぎり正直に、誠実に、自分らしく生きていきたいと思っている。
そのための学びのチャンスを、共感的コミュニケーションの勉強会という形で皆さんと共有できることが、どれだけありがたいことかわからない。
明後日も羽根木の家に来てくれる皆さんに感謝しつつ、私なりに貢献できることに力をつくすのみだ。

詳細と申し込みはこちらからどうぞ。

毎月恒例、羽根木の家での共感的コミュニケーション勉強会

三軒茶屋〈カフェ・オハナ〉に私の著書『共感的コミュニケーション』の〔入門編〕と〔応用編〕をそれぞれ置いてもらっているのだが、先日、全部はけたというので、あらたに納品してきた。
ありがたいことである。
といっても、印刷実費がほぼそのまま定価になっているので、私にもオハナにもほとんど利益はないのだが。

私がなぜ共感的コミュニケーションをほとんど持ち出しで広めようとしているかというと、いくつか理由はあるが、もっとも大きな理由は「自分が楽になるから」である。
共感スキルの練習をはじめた人はわかると思うが、これを身につけることで自分がとても楽になる。
自分自身のニーズとつながり、いま自分になにが必要なのか、どんなことでへこんでいて、それはどうすればいいのか、さまざまなことがクリアになるし、自分自身を大切にできるようになる。

また、他人からの攻撃にさらされても、自分自身を守れるようになる。
これは大きくて、最近はじめた「音読こくご塾」では、子どもたちに身につけてもらいたいと思っている。
子どもたちが自分で自分の身を守れるようになるからだ。
そして、共感スキルを身につけた人が私のまわりに多くなれば、私が楽になるのだ。
いつも自然に共感をあたえあって、それぞれがいきいきと自分らしく、クリエイティブに毎日を送れるようになる。
これが、私が共感的コミュニケーションを広めようとしている最大のニーズだ。

毎月二回開催している羽根木の家での勉強会も、もうすぐ丸二年になろうとしている。
今月は8月28日(木)の午後3時からと午後7時から、それぞれ開催する。
ご都合のつく方はどうぞおいでください。
詳細と申し込みはこちら

そしてその日の午前10時半からは、これも恒例となったママカフェこと「お母さんのための音読ケア」を開催する。
今回は私もサポートにはいることになった。
ひょっとして初めてかもしれない。
詳細と申し込みはこちら

2014年8月25日月曜日

福井県立病院で恒例のピアノコンサート

今日は3か月に1回のペースでおこなっている、福井県立病院のエントランスホールでのピアノコンサートの日だった。
たしか、今日でもう8回めとなるはずだ。
母の入退院を期に、同級生の辰巳医師に口をきいてもらってはじめたボランティアコンサートで、毎回楽しくやらせてもらっている。

今日は行ってみると、地元の放送局FBCの人が来ていて、はじまりのところを生中継させてくれといわれた。
ラジオ放送で、県内をあちこちまわって、中継している番組とのこと。
コンサートのスタートは13時半だったので、25分ごろに中継がはじまって、司会のおにいさんにインタビューをしてもらってから、ほぼ定刻どおり演奏をはじめ、中継もそのままフェイドアウトしていった。

今日も日本の唱歌を中心に、夏から秋にかけての曲を、即興アレンジで自由に1時間ばかり演奏した。
オーディエンスはいつもより少なかったが、最後までじっと耳を傾けてくれる人が何人もいて、うれしかった。

終わってから、まるはさんという人から声をかけられた。
ラジオを聴いて駆けつけてくれたのだという。
ニフティの「小説工房」のときから私の書いたものを読んでくれていて、いまもそれがきっかけで小説を書きつづけているのだという。

次回は11月11日、秋も深まったころだろう。
せっかくなので、毎回、オリジナル曲を一曲くらい、新作披露していけたらいいな、といま思った。
まだだいぶ先だが、年が明けると、東京でも都立広尾病院でのボランティアコンサートが決まっている。

オンライン個人セッション、ワンコインカレー、韓氏意拳、北陸移動

先週はドイツ・フライブルク在住のボイスセラピスト・なおみさんと、音読療法ではなくオーディオブックのための個人セッションを、グーグルプラスのハングアウト機能(Skypeのようなもの)を使っておこなった。
なおみさんは向こうでビデオにナレーションをいれるような仕事をしていて、しかし自分の日本語表現技術をさらに向上させたくて、オンラインで個人セッションをおこなっている。
来年は私もドイツに遊びに行きたいなあ。

夏野菜カレーをたくさん作ったので、夜ゼミ前にワンコインカレーサービスを提供する。
早めに来れる人が来て、みんなでいただく。
ひときわおいしい。
カレーのあとは、丁寧にドリップしたおいしいコーヒーを(夜コーヒーがだめな美子さんを除く)。

土曜日の午前中に、沼袋区民活動センターまで韓氏意拳の特別講習会に行ってきた。
今回、徳島の準教練・田所先生が上京するというので、それに合わせて駒井先生、内田先生と3人での合同講習会が開催されたのだ。
時間に余裕を見て早めに行ったのに、すでに始まっていてちょっとあせった。
あとで確認してみたら、私が開始時間をまちがえて思いこんでいたのだった。
田所先生の指導ははじめて受けたが、これまで受けた指導者とのだれともちがっていて、おもしろかった。
とはいえ、韓氏意拳の指導者はだれひとりとしておなじタイプの人がいない。
そこがおもしろい。
今回はちがった角度で身体にアプローチすることになり、あらたな気づきを得ることができた。

昨日は北陸の実家への帰省のために、羽田空港から小松空港までフライト。
曇っていて蒸し暑かったが、朝晩はさすがに涼しくて、東京よりはずっとすごしやすい。
ひさしぶりに身体が休まる感じがする。

だいぶ夜明けの時間が遅くなってきた。
経度の差があるので、東京よりさらに日の出が遅くなる。
田んぼの稲はだいぶ実って穂をたれている。
すでに刈り取りが終わった田んぼもある。
里芋も大きく育って、葉を広げている。

今日はこれから福井県立病院まで出かけて、病院のエントランスホールにあるグランドピアノでピアノ演奏をおこなう。
3か月に1度くらいの割合でおこなっている無料のボランティアコンサートで、どなたも自由に聴くことができるし、途中で帰るのも自由。
お近くの方は気軽においでください。
午後1時半、演奏スタートです。

声の仕事をしている人・めざしている人がひと皮むけるための

ラジオ番組やCM、オーディオブックなどの収録・製作にたずさわって30年、東京でアイ文庫を立ちあげて16年、私は数多くの声の仕事をしている人たちと個人セッションをおこなってきた。
数えたことはないが、人数にして500人とか600人といった単位だろうと思う。
それはただたんに、お金をいただいて仕事としてやってきた、ということにとどまらない。
同時に私自身も多くの経験のなかで学び、かんがえ、発見したことが膨大にあり、それはこの私のなかでまさに無数の「ノウハウ」として蓄積されているし、クライアントを見る「目と耳」と周辺感受性を鍛えあげてきた、ということでもある。

音声表現を仕事としている人、あるいはそれを仕事にすることをめざしている人、また仕事でなくても音声表現を自分のライフワーク/ライフスタイルとして人生の中心に置いている人のために、私がお手伝いできることは相当あるのではないかと自負している。

私のところにやってくる方のニーズでもっとも多いもののふたつを紹介しよう。

・もうひと皮むけたい、表現の幅を広げたい、取り換えのきかない唯一無二の存在になりたい。
・リップノイズを取りたい。

前者はかなり抽象的なニーズであり、後者ははっきりと具体的なニーズである。
しかしいずれも、自分がより成長し、現場で尊重される存在になりたい、ということではおなじ根を持っている。
このことにたいして、私も貢献したいと思っているし、また貢献できるケースがたくさんあると思っている。

私のセッションでは共感的コミュニケーションというコミュニケーション・スキルを用いる。
これはマーシャル・ローゼンバーグのNVCがベースとなっていて、日本でもいま、コーチングやカウンセリングの人たちもこぞって学びはじめているとてもすぐれたスキルだ。
私もこの共感的コミュニケーションだけを教えることがあるが、セッションにこれを用いることで多くの利点を感じている。

私のセッションを受けたことのある人ならわかると思うが、私から「こうしなさい」「ああすべき
」といったことをいうことはない。
あくまでも本人のニーズを深く聴き、自分自身に本当はどうしたいのか気づいてもらい、その解決法をみずから見つけてもらう。
私はそのお手伝いをするだけだ。
もちろん、アドバイスが必要で、私にアドバイスできるような情報があれば、それはお伝えするが、あくまで本人がそれを求めていれば、という条件付きだ。
たいていの場合、自分自身が解決法をすでに持っていることが多い。
ただそれを実行するモチベーションがなかったり、気づいていなかったりするだけだ。
自分のニーズにしっかりとつながり、やれることをみずから発見したとき、その人はとても大きな力を発揮して成長する。
私はただそれに手をそえてガイドするだけだ。
もしなにか悩みがあったり、迷っていたりしたら、一度私に話を聞かせてほしい。
私は音声表現のコーチングとして個人セッションをおこなっている。

※水城ゆうの音声表現スキル個人セッションの詳細と申し込みはこちらから。

2014年8月22日金曜日

カレーを作る、オーディオブック収録製作コース

お盆もすぎ、猛暑もそろそろ終わりだろうと油断していたら、なんのその、ここ数日の猛暑ときたら殺人的だ。
羽根木の家はエアコンがないので、開け放しておくと外気温とおなじ室温になる。
つまり、外気温がここ数日、36度を超えていたので、羽根木の家もそれとおなじになってしまう。
防衛のために、午前10時ごろには戸や窓を閉め切って、熱風がはいってこないようにする。
それでも、30度を超えるし、午後1時すぎには32度を超えてしまうので、どこかに避難することになる。

暑いなか、下北沢までとぼとぼ歩き、どこかのカフェで涼みながら、仕事をして粘る。
今日は午後2時から4時半まで粘って、最高気温時間帯をやりすごした。
昨日も似たような感じだったが、夕方、羽根木の家にもどってから、カレーを作った。
実家から畑の野菜がたくさん送られてきていたのと、友人からゴーヤをもらったのと、それらを無駄にしたくなかったからだ。
この酷暑のなか、ほうっておくと野菜はあっというまに溶けて腐ってしまう(大量なので冷蔵庫にはいりきらない)。

カレーを作っている動画をYouTubeにUPした。
視聴は以下の画像をクリック。
今夜のオーディオブック収録製作コースの前に、希望者にカレーの夕食を提供(コーヒー付き500円)。
結局、6人でにぎやかに食べたオリジナルカレーは、さらにおいしくいただけた。
皆さんに感謝。

そのあと午後7時からオーディオブック収録製作コース。
オーディオブックリーダーに必要なベーシックなフィジカル&マインドトレーニングの方法について、じっくりと伝えることができたように思う。
この方法はオーディオブックの収録にかぎらず、さまざまな音声表現の場面で有用なはずだ。
コースに参加できない人は、個人セッションもあるので、気軽に現代朗読協会に問い合わせていただきたい。

2014年8月21日木曜日

老人ホーム〈きらり港北〉に行ってきた

昨日は酷暑のなか、横浜まで音読療法の新規打ち合わせに行ってきた。
朝9時半に家を出たのだが、すでにものすごい暑さ。
新代田から井の頭線で渋谷、田園都市線に乗りかえてあざみ野まで、そこから横浜市営地下鉄に乗りかえて北新横浜まで。
たっぷり1時間以上かかったのだが、そこからがまた大変だった。

もらっていた住所をグーグルマップに打ちこんで、そのとおりに行ってみたら、当該地点に老人ホームらしきものはまったく見当たらず、どでかいマンションが建っているだけだ。
やむなくホームに電話するも、話し中でつながらず。
ホームベージにあった運営母体である港北生活協同組合に電話してみたら、つながるはつながったが、地理のくわしい人はだれもおらず。
やむなくホームの電話に何度かかけなおして、ようやくつながった。
場所の説明をしてもらったが、なかなか要領をえず、地理の説明の得意な人に3人めで交代してもらって、やっとたどりつくことができた。
約束の時間の20分前に着いていたのに、ホームに着いたのは約束の時間の25分後。
45分も酷暑のなかをさまよってしまった。
あやうく熱中症にかかるところだった。

私が遅れたせいだろう、約束の理事長の小沢さんが別の仕事にはいってしまっていて、さらにそれから30分待ち、ようやくお話をすることができた。

〈福祉クラブ生協有料老人ホームきらり港北〉という施設で、運営母体は「福祉クラブ生協港北生活支援ワーカーズコレクティブ悠」という組織らしい。
その上部組織は港北福祉クラブ生活協同組合だ。
福祉クラブ生協というのが珍しいので聞いてみたところ、生活クラブ生協と連携して食材・資材を調達しながら福祉系の展開をしている生協だとのことで、まだ神奈川県にしかなく、またこの港北が最初にはじめたものだそうだ。
まだ2年たっていない若いホームで、まだまだ若い音読療法協会としては親近感をおぼえた。

それはともかく、理事長の小沢さんという方がほんとうにすばらしい女性で、優しく静かな話口調のなかに情熱がちらちらとかいま見えるのがこちらの心をつかんでくる。
スタッフと利用者の両方をひとしく尊重し、満足してもらえるようにと、限られた予算内でがんばっておられるのを見て、心からお力になりたいと思った。

こちらも音読療法はどんなことをやるのか、どんなことがやれるのか、また共感的コミュニケーションはどのように有用なのかなどについて話をさせてもらった。
興味を持ってもらえて、月1の割合で音読ケアワークをやることが決まった。
ここにはアップライトのピアノがあるので、私も行って、まどか富士見台のように最後は唱歌メドレーのミニコンサートをやって終わり、という流れにできるだろう。
また、スタッフの皆さんに共感的コミュニケーションの研修をやってほしい、という要望もいただいたので、こちらも喜んで対応させていただきたいと思っている。

※8月の羽根木の家での共感的コミュニケーション勉強会は、8月28日(木)昼の部15時からと夜の部19時から開催します。
 詳細と申し込みはこちら

2014年8月19日火曜日

【YouTube】Library 2014 ギャラリー・パフォーマンス@トキ・アートスペース抜粋映像

2014年8月8日に外苑前のギャラリー〈トキ・アートスペース〉でおこなわれていたアート・イベント「Library 2014」の展示会場で、朗読と音楽のパフォーマンスをおこないました。
そのときの抜粋映像です。

「Library 2014」は造形アーティストたちが「本」をテーマにさまざまな作品を出展するイベントで、会場のトキ・アートスペースはおもしろい「本」がたくさん展示されていました。
そのなかでのパフォーマンスで、最初は作品である「本」をランダムに選んでもらい、それを即興的に初見朗読するということからスタートしました。

後半は中島敦の「文字禍」という作品の朗読と即興音楽によるパフォーマンスでした。
朗読は野々宮卯妙、演奏は水城ゆう。
演奏には鍵盤ハーモニカ、トイピアノ、パチカ、カリンバなどを使用しました。

視聴はこちら(下の画像をクリック↓)

2014年8月18日月曜日

【YouTube】みぞれみずきライブ@白楽〈ビッチェズ・ブリュー〉抜粋映像

2014年8月9日に横浜・白楽の〈Bitches Brew〉でおこなわれた山田みぞれと水城ゆうのライブ「みぞれみずきライブ」の模様を、抜粋でお送りします。
このシリーズはこの日が二回めで、オーナーの杉田さんの抱腹絶倒オーダー取りから始まってなごやか(すぎる?)雰囲気でスタートしました。

この日の出演者と演目はつぎのとおりです。
演奏はすべて水城ゆうでした。

First Stage
 1. ピアノソロ「My Favorite Things」
 2. 宮本菜穂子「気分をよくして」(作・水城ゆう)
 3. 山田みぞれ「ベニテングタケ子の好奇心」(作・水城ゆう)

Second Stage
 1. ピアノソロ「我は海の子」
 2. 山田みぞれ「女生徒」(作・太宰治)
 3. 野々宮卯妙「枕草子」
 4. 山田みぞれ「女」(作・芥川龍之介)

Ex. Stage
 山本寿実「風姿花伝」

視聴はこちら(下の画像をクリック↓)
※横浜白楽〈ビッチェズ・ブリュー〉でのつぎの「みぞれみずきライブ」は、9月1日(月)夜の開催です。
 詳細はこちら

評価・批評・批判のことばはどう聞くか

ちょうどここ二、三日の「マインドフルな毎日」( http://otohi.blogspot.jp )で取りあげているテーマに、「評価社会である現代社会をどう生きるか」というものがある。
だれもがそうだろうと思うのだが、私のなかにも繊細でデリケートな部分があって、しかしそれは成長の過程でしつけや教育、あるいは社会的風潮によって、自分でも見ないようにしたり、隠蔽したり、より強いふるまいで覆いかぶせたりして、埋もれてしまっている。
しかし、ときにその部分がひょいと顔を出し、とてもつらい思いをすることがある。

他人から評価を受けるときに現れやすい。
なにか与えられた仕事をする。
自分なりに力をつくして成果を出そうとがんばる。
その成果を会社や上司の基準で評価され、裁定がくだされる。
実際に評価されるときもつらいが、この仕事は最終的に評価をくだされるものだ、ということを思うだけでもつらくなる。
評価されることなく、自分の思うようにのびのびと能力を発揮できれば、どれだけ楽しいだろうかと思う。

逆にいえば、自分が自分の内なるニーズやモチベーションにつながって、夢中でのびのびとおこなったことは、たとえだれかからひどい評価をくだされたとしても、ダメージは少ない可能性がある。
人から与えられたり、義務感に突き動かされておこなったことが酷評されると、ガックリくる。

自分が能力を充分に発揮するためには、自分の内側にあるニーズやモチベーションに力強くつながっておく必要があるし、その結果としてよい評価が生まれるかもしれない。
自分の外側にある命令や義務で動いているとき、能力を充分に発揮するのはむずかしいし、結果的によくない評価になってしまうかもしれない。
つまり、自分の内側と外側にあるものをよくみきわめておきたい、ということだ。

自分がいまどの部分の要求や必要性にしたがって動いているのか、それをみきわめておきたい。
その結果生まれた評価についても、どの部分から生まれたものなのか。
自分の価値観に照らしあわせて思うような評価が生まれなかったとき、それは自分にとって残念なことであり、より努力する余地があるということだし、また自分のニーズにつながってモチベーションをみずから高めることは容易だ。
しかし、他人や社会的な自分の外部にある評価基準で悪い評価がくだされたとき、それはあくまで他人の、あるいは社会的な価値観によるものなのだ、ということを理解しておきたい。

だれかがこちらを悪くいったり、批判したり、非難したりしているとき、それは相手がただ自分の価値観を表明しているだけであって、こちらはそのことによって落ちこむ必要はない。
相手の価値観は尊重してあげたいが、それ以上に自分の価値観を大切にし、非難されたことでさらに自分のニーズに強くつながり、よりいきいきと成長の努力をするきっかけができればいい。

※明後日・8月20日(水)夜8時から、三軒茶屋〈カフェ・オハナ〉で恒例の共感的コミュニケーション・ワークショップを開催します。
 朗読と音楽のミニライブ付き。
 参加費1,000円+ワンオーダー。
 詳細と申し込みはこちらから。

【YouTube】東京創造芸術祭参加作品「沈黙の朗読・記憶が光速を超えるとき」抜粋映像

2014年8月17日、中野ZERO美術ギャラリーでおこなわれた現代朗読パフォーマンス「沈黙の朗読――記憶が光速を超えるとき」の抜粋映像です。
これは「東京創造芸術祭2014」の参加作品として一回きりのパフォーマンスとして上演されたものです。

テキスト・演奏 水城ゆう
朗読 野々宮卯妙
群読 高崎梓、川崎満里菜、晩衛
特別ゲスト 森順治(alto sax, flute, bass clarinet)

視聴はこちら(下の画像をクリック↓)

2014年8月17日日曜日

東京創造芸術祭参加「沈黙の朗読」が終わった

2014年8月17日。
中野ZEROにて開催がスタートした東京創造芸術祭の初日に、現代朗読協会がパフォーマンスをおこなってきた。

午前10時、羽根木の家に朗読出演者、集合。
メイン朗読の野々宮卯妙、群読の高崎梓、川崎満里菜、晩衛。
ザッと場当たり的な確認リハーサルを小一時間でやっつける。
演目は私のテキスト「沈黙の朗読――記憶が光速を超えるとき」のショートバージョン。

11時すぎ、みんなで羽根木を出発して、中野に向かう。
かなり暑くなってきた。
中野ZEROに到着して、会場の美術ギャラリーに行ってみたら、まだなにやら準備中である。
これはあとでわかったことなのだが、私はてっきり、ギャラリーに展示してある作品の撤収作業をしているとばかり思っていたのだが、実は設営をしていたのだった。
ちょっとした行き違いがあり、想定していたものとまったくちがう会場設営になってしまったが、まあそこはそれ、いつもさまざまな状況・条件でやってきたげろきょである、一番あわてていたのは私くらいで、ほかのみんなは落ち着いたものである。
あわてたといっても、私もあきらめは早いほうなので、会場設営は後回しにして、みんなで昼ご飯を食べに行くことにした。

ちょっと歩くが、新代田にあった〈ピピカレー〉があらたに〈トリコカレー〉として中野にオープンしていたので、みんなを連れていく。
その途中、ばったり奥田くんに会ったのは驚いた。
当然、拉致。

〈トリコカレー〉は繁盛していて、我々はかろうじて収まることができた。
カレーを食って満腹になったところで、またぞろぞろと中野ZEROにもどる。
ゲスト奏者の森順治さんが合流して、楽器のセッティング。

寿実さんが手伝いに駆けつけてくれていた。
ありがたい。
収録機材をお願いすることにする。
拉致した奥田くんにも、ビデオ操作をお願いした。
唐ちゃんも来て、ライブ写真をたくさん撮ってくれた。
満里菜のお母さんや、仕事仲間の「住職」、新ゼミ生の明美さんらも来てくれて、楽しくなってきた。
かっしーも、新ゼミ生の明美さんも来てくれた。

15時、ほぼ定時に開演。
お客さんはそう多くないが、途中で何人かはいってきたり、たぶん芸術祭のスタッフの人たちもやってきて聴いてくれた(と思う)。
演目が進むにつれ、オーディエンスの集中の密度がしだいに高まり、ラストはみなさんが一体となってこちらの演者に注目を向けてくれたのはうれしかった。

「沈黙の朗読」では恒例の、エンディングでかなり長めの沈黙があるのだが、そこでも集中が途切れることなく、最後の瞬間までいっしょにいてくれたのがありがたかった。
終わった瞬間、人数はあまり多くはないながらもオーディエンスのみなさんから大きな拍手をいただいた。
始める前と終わった後とで、空気が一変していたのがうれしいことだった。
まったく知名度はないが、表現の世界ではいま一番ホットな集団といってもいいげろきょを、少しでもアピールできたことがよかった。

撤収して、みんなでぞろぞろとお茶または飲みができる場所を求めて、南へさまよっていった。
かなり歩いて、暑さにまいりかけたとき、ロイヤルホストがあって、そこになだれこむ。
とりあえず、ビールで乾杯。

森さんと音楽やら、これからのパフォーマンスの話をたくさんする。
可能性のある方向は見えている。
そちらに進んでいくだけだろう。
そして森さんには、私のピアノについて「とてもピュアでクリア」といっていただいて、亡き板倉さんに「お前のピアノには物語がある」といってもらった時以来の、涙が出そうなほどのうれしさがあった。
自分ではわからないのだ。

私が京都で学生をやっていたとき、学食にいきなり「生活向上委員会」と名乗るバンドがサックスなどを吹き鳴らしながら乱入してきたことがあったが、たぶん森さんはそのときにいたのだ。
その人とこうやっていっしょに共演していることの不思議。
そしてそこにげろきょのメンバーがいて、あたらしい表現を作っていることの不思議。
これからどこへ行くんだろう。
どんなことが起こり、生まれるんだろう。
楽しみでしかたがない。

今日の午後は中野ZERO

現在、羽根木の家にてリハーサル中。
稽古としてはこれが2回め、今日が本番だけどね。

午後3時開演で、中野ZEROにて「沈黙の朗読――記憶が高速を超えるとき」を上演する。
これは東京創造芸術祭の参加作品としておこなわれるもので、芸術祭のオープニングとなっている。
出演は朗読の野々宮卯妙、群読で高崎梓、川崎満里菜、晩衛のほか、ゲスト演奏者としてマルチリード奏者の森順治さんが私のピアノと即興演奏でからんでくれる。

リハーサル、めちゃくちゃおもしろい。
本番が楽しみ。
ご都合のつく方はぜひおいでください。
入場無料です。

2014年8月16日土曜日

木曜ゼミ、オーディオブック収録製作コース、ガーデン部

一昨日の木曜日・8月14日は朝ゼミ。
基礎訓練のほか、奥田くんのテキスト作品を聞かせてもらったり(タイムスリップした戦闘機の話)、KATがイベントで読む新美南吉の作品を聞かせてもらったり。
明日・8月17日の東京創造芸術祭の演目で、川崎満里菜が野々宮の娘の女子高生の制服を借りて着ることになって、それを見る。
イメージばっちり。
楽しくなりそう。
みなさん、来てね。
明日・8月17日の午後3時から、中野ZEROにて。
入場、無料。

暑くなってきたなか、みんなでぞろぞろと下北沢まで歩き、新発見のステーキ屋にはいって昼食。
みんなと別れて羽根木に戻り、いろいろ作業。
ネット告知用の、写真をベースにしたイラストをたくさん描いた。

夜ゼミ。
山本寿実とてんトコラのふたりだけの参加だったので、ふたりでできる朗読エチュードをいろいろと試してみた。
これはこれで楽しかったな。

昨日も暑かった。
午前中、羽根木で作業していたが、昼は外に避難する。
下北沢〈Stay Happy〉に行く。
MacBookを持っていったので、作業したり、店のKurato&Sachiさんとしゃべったり。
帰りぎわに、北海道の友人から送られてきたというミニトマトとトウモロコシをいただいた。

夜はオーディオブック収録製作コースの今期初回。
10月から始まるであろう、大量収録スケジュールに間に合わせるべく、ガチンコで実戦的な読み手を育てるつもり。
参加者たちも真剣に取りくんでくれるようで、やりがいがある。
このためにゼミ生になってくれた人も複数いる。

今日の朝は、早朝からトランジション世田谷茶沢会の羽根木コミュニティガーデン部の活動で、畑作業に何人か来た。
枝豆を収穫し、ゆがして食べたり、いまいち生育の悪いものをあきらめてあたらしく秋野菜用に耕しなおしたり。
かつてのゼミ生だったなおさんから、桃や葡萄やトウモロコシがお中元かな? 送られてきたので、桃を切ってみなさんに食べてもらった。

2014年8月14日木曜日

もうすぐだよん、のこといつつ

お盆休みのせいで東京はいつもより静かな感じで落ち着く。
とはいえ、こちらはイベントつづきで、あまりのんびりもしていられない。
自分の段取りの整理もかねて、直近のイベントのお知らせをさせていただきたい。

【1】オーディオブック収録製作コース、スタート(8.15)
【2】羽根木の家での韓氏意拳(8.16)
【3】東京創造芸術祭参加(8.17)
【4】2級ボイスセラピスト講座(8.18)
【5】共感カフェ@カフェ・オハナ(8.20)

ところで、写真は今夜、ついいましがた終わったばかりの現代朗読ゼミのようす。
楽しかったな。
以下にもあるように、ゼミはいつでも体験参加を受け付けているので、気軽にどうぞ。

【1】オーディオブック収録製作コース、スタート(8.15)
明日・8月15日からあらたにオーディオブック収録製作コースがスタートする。
今期のオーディオブック収録製作コースは、10月から本格スタートするアイ文庫の大量オーディオブック収録スケジュールにターゲットを絞りこんで、見込みのある人をどんどんオーディオブックのプロの読み手として送りこんでしまおう、というねらいがある。
興味のある方はまずは体験参加でもかまわないので、おいでください。

 コース詳細
 体験参加

【2】羽根木の家での韓氏意拳(8.16)
明後日の羽根木の家での韓氏意拳は、体験と初級ともに参加しやすいショートクラスがある。
1時間半で2,000円というクラス。
午前中と午後に体験のショートクラスとレギュラークラス、午後のふたコマめは初級のショートクラスという、計3コマの開催。
詳細と申し込みはこちら

【3】東京創造芸術祭参加(8.17)
中野ZEROで8月17日から開催される東京創造芸術祭に、現代朗読協会も参加する。
その初日、オープニングアクトで、水城ゆう作「沈黙の朗読――記憶が光速を超えるとき」を野々宮卯妙の朗読と、高崎梓、川崎満里菜、晩衛の群読・身体表現、そして水城ゆうの音楽演奏でお送りする。
入場無料、午後3時スタート。
詳細はこちら

【4】2級ボイスセラピスト講座(8.18)
8月18日(月)10:00-17:00は羽根木の家での級ボイスセラピスト講座を開催。
詳細と申し込みはこちら

【5】共感カフェ@カフェ・オハナ(8.20)
8月20日(水)夜8時から、恒例の三軒茶屋〈カフェ・オハナ〉での共感的コミュニケーション・ワークショップを開催。
朗読と音楽のミニライブ付き。
参加費1,000円+ワンオーダー。
詳細と申し込みはこちら

音読こくご塾夏休み特別編が終わった

一昨日につづいて昨日も午前中は「音読こくご塾」の夏休み特別講座を開催した。
一昨日とおなじ小学二年生と五年生の子どもたちが参加。

昨日は、一昨日に下準備をした夏休みの作文の宿題を終わらせてしまおう、という目標をもってスタート。
その前に、呼吸と発声で自分の身体に意識を向ける時間。
今日は菜穂子お姉さんが呼吸法のリードをしてくれた。
みんなで一生懸命息をたくさん吐いたり、できるだけ長く声を出したり。

音読エチュードは「いちめんの菜の花」という詩を使って、卯妙さんがリード。
いろんな読み方をしたり、気持ちカードを使って自分の気持ちを見つけたり、作者の気持ちを推測したり。
これは共感的コミュニケーションの練習でもあるが、自分の内側で起こっていることに目を向ける練習が、作文にはとても役に立つのだ。

後半は宿題の作文を書いてもらった。
が、なかなか集中できない。
作文を仕上げるこということにたいする自分のニーズへのつながりが希薄なせいだろう。
「学校の宿題だから作文を書かなきゃ」
「お母さんにおこられるから書かなきゃ」
「原稿用紙に3枚は書かなきゃ」
といった、自分の外側にある「義務」やルールしか見えてないときは、自発的なモチベーションは生まれにくい。

これは大人もおなじで、私も子どもたちについ、
「せっかく塾に来たんだから、今日中に宿題を仕上げさせて、お母さんたちの期待にも応えさせたい」
といった、いわば不純な「道スジ」に誘導しようとしている自分がいることに気づいた。
もちろん子どもたちはこちらのそんな態度を敏感に受け取る。
だから、最後は「今日中に仕上げなくていいよ。書きたくなければ書かなくてもいいんだよ」といった。
するとおもしろいもので、子どもたちはちゃんと書きはじめるのだ。
もっとも、宿題を終わらせられたのはひとりだけだった。
しかし、それでいいのだ。
自分のニーズにつながれたとき、子どもはちゃんと能力を発揮する。
大人はそれを「邪魔しない」ことを心がけるだけだ。

じつはそれがむずかしい。
というのも、大人は自分の都合をついつい、自分より下に見ている子どもにそれを押しつけようとしがちだからだ。
そこにはお互いの尊重はない。

いろいろな学びのあった二日間だった。
そして子どもたちはかわいくて、羽根木の家に子どもがいるのはとても楽しく豊かな時間だった。
来月からぜひとも定期開催に持っていきたいと思っている。

2014年8月12日火曜日

音読こくご塾夏休み特別編

今日は朝9時から「音読こくご塾」の夏休み特別講座を開催した。
音読こくご塾は小学生から高校生までを対象として、音読エチュードで声と身体を使った遊びをしたり、それでいきいきした子ども本来の感性のなかで自由な文章表現をしたり、といった、現代の寺子屋的な遊びと学びの場を提供することを目的としている。

今日は世田谷在住の小学五年生の女の子ふたりと、名古屋から羽根木のおばあちゃんちに来ている小学二年生の男の子、その保護者たちの見学参加のもと、音読こくご塾特別講座がスタートした。
夏休みなので、宿題の作文をやっつけてしまおうという目的もあった。

初めて来る子、リピートの子とまじっていた。
初めての子は最初はちょっと緊張ぎみだったが、羽根木の家という古民家の環境や、猫がいること、そしてなにより指導の大人たちが共感的コミュニケーションを心がけた「安心の場」を提供していることで、すぐに打ちとけて、のびのびとした態度になっていくのがうれしかった。
指導の大人というのは、私と音読療法士の野々宮卯妙、そして現代朗読協会ゼミ生の宮本菜穂子の3人である。

最初に私が呼吸法と音読エチュードのとっかかりをやって、あとは野々宮にバトンタッチ。
野々宮が今日は「吾輩は猫である」の冒頭部分を使って音読エチュードをいくつかやる。
子どもたちになにかをやらせるとき、大人はとかく、「こうしなさい」「そうしちゃいけない」あるいはそれ以外の子どもの行動についてもなにかとコントロールしようとすることがあるが(行儀よくしろ、トイレはがまんしろ、無駄口をたたくな、など)、こくご塾ではそういうことは一切しない。
子どもにもそのときそのときのニーズがあり、それを大人も尊重して、なにかを命じるようなことはない。
もっとも、大人にもニーズがあるので、それを子どもたちに尊重してもらうことをお願いする。

なんでも許されるんだ、といわれると、子どもは最初おそるおそるいろいろなことを試してみて、ときにはどこまで許されるのか目にあまる行動を取ることがあるが、それをも受け入れてもらえることがわかると安心して、落ちつきを取りもどす。
完全に自分が受け入れられて安心できる、ということがわかると、お互いのニーズを聴き合えるようになるのだ。
しかし、大人たちがやってしまうのは、子どもらを完全に受け入れる前に彼らを自分のコントロール下に置こうとすることで、それでは子どもは安心できず、結局は逆にことあるごとにストレスを爆発させてしまうことになる。

今日は私はほとんどを野々宮に任せて、ときどき顔を出す程度だったのだが、そのたびに子どもたちが表現を発揮し、絵や文章を自発的にガンガン書いていたのにはびっくりした。
なかのひとりなど、作文をA4用紙に10枚も集中して書きあげてしまったのにはおどろいた。
完全に安心できて受け入れられる環境において、子どもがどれだけクリエイティブになれるかということについては、理論と想像である程度わかっていたことだが、今日はそれを実際に目の当たりにして想像以上の確認ができて本当に驚きつつ、うれしかった。

今回の音読こくご塾特別編は、参加者の都合で明日が最終となるが、できれば夏休みが終わって新学期がはじまってからも、継続的に開催したいと思っている。
なにより、子どもたちは元気で、かわいくて、創造的で、この子たちが羽根木の家に来てくれることが私にはうれしく、幸せでしかたがない。

ギャラリー朗読、朗読トレーナー養成講座、芸祭稽古、上三川

すこしさかのぼって。
先週金曜日、8月8日の夜は、外苑前のギャラリー〈トキ・アートスペース〉でおこなわれている「THE LIBRARY 2014」という展示会場で、朗読パフォーマンスをおこなってきた。
毎年やっているイベントで、「本」をテーマにした作品を160人の方が160点出展している。
それぞれ個性豊かな作品が展示されているなかで、野々宮卯妙が展示作品を即興的に初見朗読をおこなったり、中島敦の「文字禍」という作品を朗読したりした。
私はピアニカとトイピアノを演奏した。
ピアニカを吹きながら動きまわったりもして、楽しかった。

土曜日、8月9日の午前中は「朗読トレーナー養成講座」の第一回をおこなった。
参加者はゼミ生ばかり5名。
この人たちが朗読トレーナーの第一期生となる。
願わば、いろいろな場面で活躍していってもらいたいものだ。

午後は昼ゼミと、8月17日に中野ZEROでおこなう東京創造芸術祭の参加作品「沈黙の朗読――記憶が光速を超えるとき」の演出案の確認稽古をやる。
稽古はあと本番当日のみとなる。
どうなるかな?

夜はすでにレポートを書いた白楽〈ビッチェズ・ブリュー〉での「みぞれみずき」ライブ。

日曜日、8月10日はレンタカーを借りて、栃木県の上三川というところまできくあつが主催している「おうちマルシェ・親子で夕涼みフェス」に行ってきた。
こどもバーテンとか、アロマのお店とか、占いの人たちとか、飲食物などいろいろと集まっている元旅館だった家でのイベントで、近所の人たちが集まって楽しんでいた。
私たちはそこで朗読パフォーマンスをおこなった。
子どもたちや犬までいて、私も演奏を男の子に手伝ってもらったりして、演者、観客入りみだれながらの楽しいパフォーマンスとなった。

今日はこれから音読こくご塾。
子どもが何人か来る予定。
いっしょに遊びながら夏休みの宿題を片付けてしまおう、という魂胆。

2014年8月11日月曜日

草加〈Jugem〉共感カフェ、秀恵ちゃん打ち合わせ

出かける予定が立てこんで、書きのこしていること多々あるけど、とりあえず直近のできごとから。
つまり、今日のできごと。

共感カフェのために、午後1時すぎに羽根木を出て、草加に向かう。
井の頭線で渋谷へ、それから半蔵門線一本で行けるのだが、半蔵門線まで降りていくことを避けて銀座線でひと駅乗り、表参道でおなじホームに来る半蔵門線に乗りかえる。
あとは草加まで直通で乗り入れている東武線で一本。
便利なのだが、時間はかかる。
1時間以上かかるので、横浜より遠いということになる。

草加駅までゼミ生の川崎満里菜が迎えに来てくれた。
今日は満里菜のお母さんの実雪さんが、〈Jugem〉という天然石ブレスレットのお店で主催してくれる共感カフェなのであった。
〈Jugem〉は駅から近く、店はこじんまりとしていながらとても居心地のいい、落ち着ける場所だった。

今日は初めてということで、参加者は私と野々宮を入れて5名と少人数だったが、その分、具体的な事例を取りあげながらゆっくりと丁寧に進めることができたように思う。
親子、嫁姑の問題、メールでしかやりとりできない会えない人とのコミュニケーションの問題など、途中、突発的にやってきた置き薬屋さんとか、実雪さんのお客さんの話とか、ハプニングを取りこみながら、楽しくやらせていただいた。

終わってからおいしいケーキとコーヒーをごちそうになって、解散。
定期的に開催していただけるとのことで、うれしい。

羽根木にもどったら、約束していた歌手の永倉秀恵がすでに門の前で待っていてくれた。
先日、連絡があって、音楽ライブに復帰したいのでサポートしてほしいと依頼された。
もちろん喜んで。
復帰ライブは9月9日の夜、代官山の〈ノマド〉というライブハウス。

やりたいと準備してきた曲は、かつてのなじみの曲ばかりだが、ひさしぶりで忘れてしまっているところもあるので、確認のためにいっしょにやってみる。
秀恵ちゃんもいろいろあったと思うが、私もいろいろあった。
なじみの曲なので、どうやって弾いていたのかは思いだせるけれど、いまどう弾きたいかは別。
ちょっとした緊張感とワクワク感が同時に存在する。

げろきょの朗読者たち、オーディオブックの読み手、共感カフェ、音読療法、マインドフルネス、そして音楽。
大切にしたいことが急にくっきりと顕在化してきた。
それなのに、私自身の空虚さときたらいったいどうしたわけだろう。

ビッチェズ・ブリュー「みぞれみずきライブ」8月9日

2014年8月9日、横浜・白楽にあるジャズライブバー〈ビッチェズ・ブリュー〉での山田みぞれと水城ゆうのライブがおこなわれた。
こちらでのこのセットはこの日が2回めであった。

この日は土曜日で、午後に東京創造芸術祭参加作品の稽古をかねた昼ゼミがあったので、午後5時すぎにそのメンバーを含む何人かでゾロゾロと白楽に向かった。
午後6時すぎ、白楽に到着。
開演は午後7時である。
出演者である私と野々宮卯妙は先に店入りすることにして、店に向かうがも、ほかの皆さんには開演時間まで白楽の街を楽しんでいただくことにして、別れる。

店の前に行ってみると、別行動をしていた山田みぞれと宮本菜穂子が、手持ち無沙汰な感じで道路にたたずんでいる。
なんと、オーナーの杉田さんがまだ来ていないのだという。
連絡したところ、ビッチェズ・ブリューは通常、7時開店・8時スタートなのだが、今回のみ土曜日ということで時間を早めてもらった、そのことをすっかり忘れていたとのこと。
なんとなく憎めない方なので我々は苦笑いするばかりだったが、待っているあいだ蚊にやられてまいった。

6時40分くらいに杉田さんが到着。
店をあけてもらう。
さっそくいろいろ楽しい話を聞かせてくれる杉田さんのトーク攻撃をかわしながら、マイクや客席のセッティング。
7時前になると知り合いを中心にお客さんがやってきた。

前回はお客さんが3人と寂しかったのだが、今回は店がいっぱいになるほど来てくれた。
けっこう遠方から来てくれた方もいて、ありがたい。
とはいえ、白楽というと世田谷からはかなり遠い印象があったのだが、実際には渋谷駅から26分で着いてしまう。
来月も9月1日におこなうことが決まったので、みなさん、来てね。

さて、7時すぎになって、開演。
となる前に、飲み物のオーダーをとるところでひと騒動。
杉田さんの応答がいちいちおもしろく、大爆笑の渦に包まれ、店ははやくも暖気運転完了。
私がとくに笑っちゃったのは、ビールを飲むのにグラスがいるか、瓶のままでいいか、という問答のあげく、根負けした人が、
「瓶でいいです」
となったのだが、そのあとに出てきたビールは、ひとりがキリン、ひとりがアサヒと、銘柄がまちまち。
これには噴いてしまった。

ライブは私のピアノソロからスタートして、今回のセットリストは次のとおり。

First Stage
1. ピアノソロ「My Favorite Things」
 2. 宮本菜穂子「気分をよくして」(作・水城ゆう)
 3. 山田みぞれ「ベニテングタケ子の好奇心」(作・水城ゆう)

Second Stage
 1. ピアノソロ「我は海の子」
 2. 山田みぞれ「女生徒」(作・太宰治)
 3. 野々宮卯妙「枕草子」
 4. 山田みぞれ「女」(作・芥川龍之介)

このステージの間に杉田さんのトークショーがはさまり、これがまた抱腹絶倒の内容。
くわしくはとても書けないが、ほんとか嘘かわからないような音楽評論家の秘密をたっぷりと聞かせていただいた。
いちおう休憩時間ということになっていたのだが、まったく休憩にはならなかった。

朗読者は今回、メインの山田みぞれのほかにゲストとして宮本菜穂子と野々宮卯妙にも参加してもらった。
宮本菜穂子は私のテキストを団扇に張りつけて、それをひらひらとハンドリングしながら、かろやかに多彩に朗読。
ビジュアルも楽しい朗読だった。
野々宮卯妙は「枕草子」をかなり前衛的に切りこんで、まるで現代音楽のように表現した。
こちらはさすがである。

メインの山田みぞれは衣装に工夫をこらし、いつになくエロティシズム満載で読んでくれた。
アップライトピアノなのでその姿がほとんど見えず、私は大変ストレスがたまった。
が、うまいぐあいにピアニカを持っていってたので、途中からそれを持って動きまわり、しっかりとからませてもらって満足であった。
それにしても、衣装だけでなくその表現の「脱ぎっぷり」はあざやかで大胆、いさぎよさが気持ちよい朗読であった。

終演後、みなさんとの話はさらに盛りあがり、なかなかお開きにならなかったのだが、最近ゼミ生になった山本寿実が来ていたので、ひとつだけ最後にやることになった。
ゼミで聴かせてもらっておもしろかった「風姿花伝」をいっしょにやる。
この人の成長ぶりもあざやかで、楽しませてもらったし、今後も楽しみなのである。

今回はすみからすみまでライブを満喫させてもらって、私は大満足であった。
そしてこの先の大きな可能性を感じるライブでもあった。
私たちの現代朗読にはまだまだ大きな拓けた場所が待っていることがはっきりとわかる。
これからなにが見えてくるのか、非常に楽しみだ。
そして、来月もまたライブの機会をあたえていただいたビッチェズ・ブリューの杉田さんには、深く感謝したい。

来月のビッチェズ・ブリューでの「みぞれみずきライブ」は9月1日(月)、山田みぞれの誕生日の夜に開催することが決まっている。
詳細はこちら