2017年7月24日月曜日

Netflixで映画と連続ドラマを観る

映画は最初に映画館で封切られて、その後二番館、三番館へ流れて安価で観る、というのがかつての流れだった。
学生時代の私も、京都で祇園会館や京一会館などで、半年遅れくらいの三本立てを利用していたものだ。

その後、レンタルビデオ店が普及して、それもビデオテープからDVDへと主流が移った。

いままたDVDからオンラインでのレンタル、さらにストリーミング配信へと移り、新作映画も数か月で自宅にいながらにして好きな時間に好きなようなスタイルで観られるようになった。

オンラインで映画をダウンロードしたり、ストリーミングで見たりする方法はかなり充実してきていて、いろんなサービスがある。
競合サービスがしのぎをけずっている観がある。

iTunes Store で映画のレンタルとダウンロードがスタートしたのは2010年のことで、これでずいぶんオンラインで映画を見やすくなった。
その後、さまざまなサービスが次々とあらわれてきたが、Huluは割合先行していた。
私も一時、利用していた。

これは月額いくらの定額サービス方式で、毎月1,000円くらい払えば提供されている作品は見放題というものだ。
これが当たったのか、次々と似たようなサービスが出てきた。
なかでも強豪はアマゾンで、定額サービスもあるけれど、プライム会員だと追加料金なしに見放題、というサービスがスタートした。

iTunes Store、Hulu、アマゾンプライム、これらでだいたいのメジャー作品はカバーできる感じになった。
それに加えてありがたいのは、UPLINKが「UPLINK Cloud」という、これは定額ではなくて一本いくらだが、大手がカバーしていないマイナー作品を中心に配信をはじめたりしている。

そしていま、もっとも巨大なサービスにのしあがってきたのが、Netflixだ。
ここは既存の映画やテレビドラマを揃えているのはもちろんだが、加えてオリジナル作品に力を入れている。
巨額の投資がおこなわれているようで、どの作品も見応えがある。
とくにテレビドラマシリーズは、映画なみのクオリティのものが毎回作られていて、それが20話とかで1シーズンになっているものだから、ハマるとかなりおそろしいことになる。

おそろしさを体験してみたくて、というわけではないが、友人のすすめがあって「サバイバー 宿命の大統領」のシーズン1、全21話を通して見てみた。

いやー、ハマる、ハマる。
脚本、演出、映像、俳優、すべてのクオリティが高く、見始めるとなかなか目を離せない。
かつて映画界に集まっていた才能が、いまやNetflixやアマゾンのネットコンテンツに結集しているんじゃないだろうか。
映像エンタテインメントの世界が大きく様変わりをしはじめている。

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2017年7月22日土曜日

ガイア・エデュケーション講師のお仕事、無事に終了

2017年7月16日、鈴鹿カルチャーステーションでガイア・エデュケーションの公開講座をおこないました。
ユネスコの公認教育プログラムであるガイア・エデュケーションは、エコビレッジ・ジャパンが主催する持続可能な社会をめざす人たちの学びの場で、私などが名を連ねるのが気がひけるほど、その世界では名前の知られた方々が講師をつとめている。

しかし、せっかく事務局の北川弘子さんからお声がけしていただいたので、よろこんでお引き受けすることにしたのだった。
まだだいぶ先のことだと思っていたら、気がついたら開催日時がせまってきていた。

私にあたえられた時間は2時間。
限られた時間でなにをお伝えできるのか。
当日までだいぶ悩んだ(そうは見えなかったと思うけれどね)。

鈴鹿カルチャーステーションには骨董品に近いグランドピアノが置いてあり、二年前に一度弾いたことがある。
今回もどうしてもそれを弾きたいということで、講座の後半には音楽瞑想をいれることにした。
講座のテーマは「自分につながる」ということだったので、これはうってつけだ。

前半は共感的コミュニケーションで自分につながる、つまり自己共感の話をすることにした。

午前中に会場の下見。
準備をしているみなさんにご挨拶。
いい感じにソファや椅子がならび、参加のみなさんがリラックスできるように心がつくされている感じがありがたい。

小森先生たちと昼食をいただいたあと、13時前に会場に行って、何人かの方とお話をさせていただく。
初めてお会いする方でも、どこかでつながっていて、驚いたり喜んだり、今後のお付き合いを約束したり、といったうれしい出会いがあった。

13時に公開講座がスタート。
最前列にはプログラム参加者のみなさんがずらっとならんでいて、壮観。
年齢や性別もまちまちで、このプログラムがめざす多様性が受容される社会をそのまま表現しているように思える。

前半は自由な質疑応答を歓迎しながら、みなさんと交流しながらの共感的コミュニケーション(NVC)の解説や、事例への対応。
後半はソニック・メディテーションの紹介とマインドフルネスへの影響、そしてピアノの即興演奏を使った音楽瞑想へ。

演奏が終わったとき、しばしば起こることだけど、自分の深い部分に触れたり、なにかが開放される人が何人かいて、涙を流している人も散見された。
私も無我の境地で演奏に集中できて、充実感をおぼえた。

一般公開の時間はここまでで、30分の休憩時間をはさんでさらに1時間、プログラム参加者のみなさんとの交流時間をいただいた。
かなり疲れてはいたけれど、受け入れてもらっている感じと、自由に表現する選択が許される感じがあって、この時間も楽しませてもらった。

野々宮卯妙が同席していたので、みなさんからのリクエストをいただいて、現代朗読との即興セッションも、ごく短くではあったけれど披露させてもらった。
そのような機会をもらえて感謝。
鈴鹿へは今後もぜひ、何度か行けるといいと思っているので、どこかでさらにちゃんとしたライブセッションや音楽瞑想の機会が作れるといいなと、ひそかに狙っているところだ。

今回お世話になったみなさんには、心からお礼をもうしあげたい。
ありがとう、またお会いしましょう!

2017年7月21日金曜日

水城ゼミの参加方法を改訂します

水城ゼミをスタートさせて、やがて二ヶ月がたとうとしています。
その間にいろいろなことを試したり、ご意見をうかがったりしてきました。
お付き合いいただいた方々には感謝してます。
ありがとう。

それを受けて、早々と参加方法を改訂することにしました。
旧システムと新システムを以下に掲示します。

旧システム
・三本柱
 共感サロン
 身体文章塾
 現代朗読ゼミ
・ベーシックメンバー
・プレミアムメンバー

新システム
・三本柱はそのままですが、それぞれのメンバーは自由にどれにでも参加できるようになります(旧プレミアムメンバーとおなじ扱い/参加費は6,000円のまま)。
・ベーシックメンバーはそのままですが、共感サロンのオープン枠以外にメンバー枠にも参加できるようになります。

説明すると、水城ゼミに参加したい人(参加している人)は、自分が三本柱のどのメンバーに属するのか選んでいただきますが、それ以外にも別の枠に自由に参加できます。
たとえば「共感サロンメンバー」を選んでそちらに属している方は、共感サロンはもちろん自由に出ていただけますが、他の身体文章塾や現代朗読ゼミにも興味がおもむくまま参加していただいてかまいません。

この措置は、そもそも水城ゼミは、共感的コミュニケーション、テキスト表現、朗読、などアプローチが異なっているものの、そのめざすところは結局おなじものである、ということによるものです。
つまり、すべての人が表現者であり、自分自身につながり、マインドフルにいきいきとすごすことで、自分自身の人生を誠実に正直に、味わい楽しんで生きるための場を、私・水城が微力ながらお手伝いしたい、ということでスタートしたものだ、ということです。

いずれにしても、これまでと変わりなく、より自由に、より活発にご参加いただくことをお願いできれば、と思います。
なにかわからないこと、気がかりなことがあれば、遠慮なくおたずねください。

※水城ゼミについてはこちらをご覧ください。

2017年7月20日木曜日

鈴鹿での初共感カフェは楽しかったな

前日に神戸〈海運堂〉での共感カフェを終え、宿をとっていた尼崎駅前から鈴鹿入りしたのは、7月15日(土)の午前中。
10時半に鈴鹿での共感カフェをお世話してくれた恵理子さんが、待ち合わせ場所まで車で迎えに来てくれた。

会場の〈カフェウチダ雑貨店〉がある白子地区まで移動。
ここは漁港らしく、見たところかなり歴史のある地域の雰囲気がただよっている。
恵理子さんにお願いして、そのあたりをぐるりと一周してもらった。

きちんと調べてみたいが、おそらく漁港であると同時に、かつては海運の要所であったろうと思われる良港で、ゆっくり歩いたらおもしろいものがいろいろとありそうだ。
また来たい。

カフェウチダ雑貨店は古い旅館をとても丁寧に改築した雑貨店と、奥にはかなり広々としたレストランがある、気持ちのいい場所だ。
レストランにはテラス席があり、またアップライトピアノが置いてあって、音楽イベントなどもできそうだ。
今回、レストランではランチをいただくだけだったが、こちらでもなにかやりたくなってきた。
また来たい。

ところで恵理子さんとはじつは生《なま》で会うのは今回が初めてだった。
私の共感カフェにオンラインで何度も参加してくれているので、まったく初めて会う感じはしなかったが、生でさわれるのは初めて。
でも、違和感は全然ない。

ランチにはシローさんや、小林さやかちゃんのお母さんの希依子さんとその仲間も来てくれて、気持ちのいいレストランでおいしい料理を楽しくいただいた。

午後1時から、場所を雑貨店の二階の部屋に移って、鈴鹿での初共感カフェがスタート。
参加者は12名くらだったかな、飲み物やお菓子など、恵理子さんが全部持ちこみで準備してくれていて、大変ありがたく居心地のいい場所となっていた(私も大事にされている感じがあってのびのびとやれた)。

初めて共感的コミュニケーション(NVC)に接する人が半分くらいいたので、まずは基本的なかんがえかたを説明したあと、実際にどんなシチュエーションでどのようになるのか、みなさんから具体例をあげてもらいながら練習したり解説したりしていった。
子どもとの関係、夫との関係、両親との関係など、みなさんの日常のなかで感じているちょっとした問題、あるいはかなり重い問題も含めて取りあげていった。

問題解決が目的というより、お互いに共感的に聞き合うこと、どんなことでも安心して話ができること、忠告やアドバイスをもらうのではなくただ受け取ってもらい自分が自分自身の大切にしていることに気づくことを手伝ってもらえること、そんなことが大事にされている場に自然になっていたことが、私にとってはうれしく、また集まっていただいたみなさんの思いやりの深いお人柄に触れることができて感慨深かった。

終わってからみなさんからまたやってほしい、という声が聞けて、もちろん私もまたみなさんとお会いし、学びやつながりを深めたり、交流をつづけていけたらという気持ちがわきあがってきた。
また来たい。

私は東京と福井の実家を車で毎月往復しているのだが、東名・北陸道まわりのルートだと、名古屋を通過する。
鈴鹿は名古屋からちょうど1時間くらいで行けるので、ちょっと立ち寄るのも案外気楽だということに気づいたり、実感したりした。

今月は29日にも豊田市で共感カフェの案内人をやることになっているので、その前後に周辺で共感カフェの開催や、ボイスセラピー、ボイスコーチング、音楽レッスンなどに興味がある方がいたら、気軽に声をかけていただきたい。

2017年7月19日水曜日

北陸⇒東京、朗読WS、共感カフェ、ボイスセラピー講座

今日はこちら北陸は晴れてきました。
暑くなりそうです(といっても東京や大阪に比べれば全然すごしやすいけど)。
明日は東京に移動です。

明日の午後は、私は参加できませんが、三茶の〈カフェ・オハナ〉で現代朗読家・野々宮卯妙による「声と呼吸で自分とつながる朗読ミニワークショップ」があります。
いつも参加者が少ないみたいでもったいないんですが、おもしろいワークショップなので、どなたも気楽に参加してみてください。

以下は私が世話人のイベントのご案内。
明後日・金曜日は、くにたちの古本カフェ〈門〉でもけご飯付き共感カフェがあります。
その夜はボイスセラピー講座です。
音読療法の全貌を知り、また実際に体験して日常生活で活用してみたい方のための、集中講座です。

そして週末・土曜日は「一日集中自力出版講座」、夜は「共感サロン」
盛りだくさんですが、ご都合のあうものがあれば、気軽にご参加ください。

2017年7月18日火曜日

オーディオブックを作りましょう(表現作品としての)

現代朗読ゼミでは、朗読表現に関するさまざまな研究やトレーニングをおこなっているが、オーディオブックの収録や製作のことも扱っている。
オーディオブックの収録や製作に興味がある方も、まずは体験参加してみてほしい。

直近でオーディオブック研究におこなうゼミ日程は以下のとおり。

 7月24日(月)19:30~21:00

くにたちの会場に直接来れない方は、このオーディオブックのシリーズのみ、オンライン参加も可能。

オーディオブックとは小説、エッセイ、詩、ビジネス書、童話など、文字に書かれたものを朗読し、それを録音してコンテンツ化したもののことをいう。
一般的にはそれらはCD物販だったり、オーディオデータとしてネットコンテンツとして販売されていたりする。

私・水城はもともとアイ文庫という会社のプロデューサーという立場で数多くのオーディオブックを製作してきた(している)。
その際、一貫して大切にしてきたことは、オーディオブックはたんなる「情報コンテンツ」ではなく、朗読者(製作者)の表現作品という側面があるということだ。

朗読ゼミでオーディオブックをあつかう際も、たんに内容が正しく心地よく伝わるものではなく、読み手の個性・存在がいきいきと伝わる朗読作品をめざすということだ。
そこには「じょうず/へた」や「正しい/正しくない」という評価は介在しない。
あるのはただ、読み手の存在が/読み手の生命活動がいきいきと伝わってくるかどうか、ということだけだ。
そしてもちろんそれは結果的に、作品の内容もいきいきと伝わることにもなるのだが。

いずれにしても、朗読者がいかにいきいきと自分自身につながり、その瞬間瞬間の生命のダイナミズムを表現していけるか、ということにおいて、目の前にライブでオーディエンスがいるのか、あるいはマイクが目の前にあるのかの違いだけで、内容はおなじことなのだ。

もっとも、オーディオブックを作るにあたっては専門知識もある程度必要なので、それは適宜お伝えしていこうと思う。

オーディオブックとはなにか。
ネットコンテンツと(CDなど)物理媒体としてのオーディオブックはどう違うのか。
作品選びはどうすればいいのか。
オーディオブックのための訓練はどのようにすればいいのか。
オーディオブックを自分の表現作品とするための心得は?
必要な機材は?
配信方法は?

まったく経験のない方、そもそも表現をやったことのないような方も大歓迎。
まずはいっしょにチャレンジを楽しみましょう。

7月開催:現代朗読ゼミ(7.24)
いまこの瞬間の自分自身をのびやかに表現することをめざす現代朗読ゼミ、7月の開催は24(月)19時半/27(木)10時半/29(日)10時半、いずれも約2時間。

2017年7月17日月曜日

映画:マイルス・デイビス 空白の5年間

いうまでもなくマイルス・デイビスはジャズ界、いや音楽界の最大の巨人である。
これには異論のある人はそういないだろうし、私が「最大の巨人」といいきるにはちゃんと理由がある。
私はピアニストであり、音楽の専門家であって、こと音楽に関してはいい加減なことはいわないのだ(自分基準)。

この映画であつかわれている「空白の5年間」については、『マイルス自伝』に詳しい。
といっても、「マイルスが語ったこと」であり、真偽のほどはあきらかではないが、その話が事実であるかどうかより、マイルスがなにをどう語ったかのほうが大事なのだ。

この映画もそうで、内容はかなり脚色されていると思われるが、ドン・チードルがマイルスをどう語ったか、どう演じたか、その映画からはどのような音と風景が見えてくるかのほうが大事だ。

それにしても、ドン・チードルという役者はすごいな。
だれもが見たことはあると思うが、「オーシャンズ11」のシリーズやマーベリックシリーズにも出ているメジャー俳優だ。
私は未見なのだが(見なければ!)、「ホテル・ルワンダ」ではアカデミー主演男優賞を獲っている。
そしてこの「マイルス・デイビス」では、主演、脚本、監督をつとめている。

彼の演技もおもしろいが、脚本も、映画の作りもとんがっている。
マイルス・デイビスをそっくりに演じてみせるのはほんの余興で、この映画の本当の見所はその構成、カット、音使いにある。
マイルスの本物の音(レコーディングされた既成の音)を使って、マイルスの(映画の時点での)現在と過去を行き来し、また演奏と現実、役者と本物のミュージシャン、現実と虚構をうまく縫いあわせてみせたのだ。
だから、カットがコラージュのように断片的になっているのだが、そこにはチードルの工夫だろう、音源テープに盗まれそれを取りもどすマイルスと音楽ライターとの二人三脚のドタバタストーリーが縦軸に据えられている。

はっきりいってまったく陳腐なストーリーなのだが、しかしそれはマイルスの物語なのだ。
こんな話が実際にあったかどうかより、このようなシチュエーションのなかでマイルスならどのようにふるまっただろうかというアプローチが、彼へのリスペクトであり、オマージュであり、我々観客にも楽しめる部分となっている。

映画の最後に観客へのちょっとしたプレゼントがある。
本当の「いま」のミュージシャンたちが登場する。
そこへ、いないはずのマイルスがドン・チードルという役者の姿を借りて現れる。
どうやって撮影したのか、音を合わせたのか、とくにチードルのトランペットの指使いはどうやって作ったのか、かなり興味を引かれる。

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2017年7月12日水曜日

みんな、自分の本を出すのだ!(自分で)

自立出版講座に出てくれた人は理解していると思うけれど、お題目ではなく本当にいまや、だれもが版元になり、自分の本を世に問える時代になっている。

本といっても、いくつかの形がある。
たとえば、大手出版社が出して書籍流通ルートに乗って新刊書店などで流通している本。
これは新聞や吊り広告など、さまざまな方法で出版社が宣伝してくれるので、大量に売れる(かもしれない)チャンスがある。
もっとも、書籍の流通はいまや回転がはやく、書店の店頭にまず1か月も置いておいてはもらえない。
新刊で発売された直後の数週間のみが売るチャンスとなる。
そして著者にはいってくるいわゆる印税も10パーセントはまだいいほうで、近年は8パーセント以下のことが増えている。

大手出版社の名前がついていても、著者が初版部数の半分以上を買いとる契約になっている、なかば自費出版のような形態もあって、読者にはその区別はつきにくい。

中小の出版社でも流通ルートに乗せることは可能だが、部数が少ないので新刊書店の店頭に並ぶチャンスは少ない。
弱小にとっては、しかし、アマゾンのような直販サービスがありがたい。
広告も大手のようにお金をかけられない分、ツイッターやフェイスブック、グーグルのアドワーズのようなネット広告でこまめに告知する方法もある。

しかし、これらはよくかんがえれば、出版社でなくても個人出版でもやれることなのだ。
げんに私はそうしている。
著者へのリターンも大きい(Kindleなら70パーセント)。

また印刷製本された紙本でなくて、電子書籍なら、個人でもすぐに出版できる。
だれかがなにかの本を読みたいと思ったとき、どっちみちグーグルやアマゾンで検索するのだから、その本が大手出版社だろうが中小の出版社だろうが個人出版だろうが、あまり関係ない。
もっといえば、紙本か電子本かすら、気にしない人が多くなっている。
私なども、よほどの理由がないかぎり、家にものを増やすことをしたくないのと、いつでも持ちあるけるという利点から、紙本と電子本の両方が出ていたら迷わず電子本のほうを購入する。

あとは、本という形にどうやってするか、という、そうハードルの高くないノウハウを身につけるだけだ。

電子本といえども、最低限の編集や造本のノウハウは必要だし、ネットでコンテンツを配信するための知識も必要だ。
またそれを元に、印刷製本して紙本を出版し、販売・決済するための方法も知っておくにこしたことはない。

しかし、これらのことはいずれも、だれでも簡単にできることだ。
だから、表題のように、みんな自分で本を出せばいいんだ、ということになる。
あとはどんな本を出すのか、自分で書きたいこと、伝えたいことはあるのか、ということになる。

もし書きたいこと、伝えたいことがあるなら、すぐに買いて、すぐに出してしまえばいい。
その瞬間から多くの人が手に取って読んでくれる可能性が生まれる。

あとになってもし直したくなったら、すぐに改訂版を出せばいい。
そこも自力出版の優位な点だろう。


以下、ご案内。
ゼミ生割引があります。
ベーシックメンバーの方は半額(16,500円)、朗読ゼミと共感サロンメンバーは10,000円、身体文章塾とプレミアムメンバーの方は無料となります。

一日集中自力出版講座(7.22)
だれもが自力で出版するために、既存の出版社への依存から独立出版へと完全移行した水城ゆうが、そのノウハウを完全にシェアします。当日は実際に自分の本を作り配信するところまでおこないます。

2017年7月10日月曜日

ガイア・エデュケーション講師と神戸・鈴鹿訪問

まだまだ先だと思っていたら、もう今週末にせまってきた。
ユネスコ公認の教育プログラムであるガイア・エデュケーションの講師のひとりとして声をかけてもらったのが、昨年末だか今年のはじめだったか。
講師陣には辻信一さん、設楽清和さん、谷崎テトラさん、臼井健二さんといった方々が名を連ねていて、私のような者でいいのだろうかという躊躇もあったが、よろこんでお引き受けした。

今週末・7月16日(日)の午後に、私が担当する公開講座が、鈴鹿カルチャーステーションにておこなわれる。
詳細と申し込みはこちら

私の講座のテーマは「自分とつながる/水城ゆうのNVC、音読そしてピアノ瞑想」ということで、カルチャーステーションに常設のグランドピアノも使って演奏したり音楽瞑想したり、そして共感的コミュニケーション(NVC)について私なりのアプローチを紹介できれば、と思っている。

東京近辺の方には「来てね」となかなかいいづらいけれど、中京・関西方面の方はご都合つけておいでいただけるとうれしい。
参加枠にはまだ余裕がある(はず)。

その前日の7月15日(土)午後には、鈴鹿市白子の〈カフェウチダ雑貨店〉で飲み物とお菓子付きの共感カフェをおこなう。
世話人は私のオンライン共感サロンに参加してくれている恵理子さんで、ガイア・エデュケーションやアズワンとはまったく関係なく、たまたま鈴鹿在住だったので、お世話してくれることになった。

恵理子さんが知り合いの方たちに声をかけてくれることになっているらしいが、もちろんどなたも参加できるし、ランチから参加することもできるということなので、そちら方面のみなさんにお会いできるとうれしいと思っている。
詳細と申し込みはこちら

さらにその前の7月14日(金)午後には、神戸住吉の〈海運堂〉というところで、「親密な関係における共感的コミュニケーション」の勉強会を開催する。
世話人はオンラインで何度か参加してくれていたり、国立にも来てくれたこともある声楽家の有田亜希子さん。
ありちゃんと呼んでいるけれど、彼女とは武術仲間でもある。

開催スペースが若干狭いらしいので、興味がある方はあらかじめ問い合わせて来てくれるとありがたい。
もちろんどなたも歓迎です。
詳細と申し込みはこちら

2017年7月8日土曜日

ゼミメンバーがすこしずつ増えてきた

すこしずつですが、ベーシックメンバーを中心にゼミメンバーが増えてきた。

私はこのゼミを一種のコミュニティととらえている。
目的(ニーズ)は学び、成長、つながり、安心、安全、表現など。

これははっきりとお断りしておきたいのだが、なにも私は「お山の大将」になりたいから主宰しているわけではない。
自分も含めてこれらのニーズを持った人たちが持続的につながれる「場」を作りたいのだ。

ゼミは現在、三本の柱でできている。
これらはすべて、私が長年かけてつちかってきたさまざまなことを、みなさんとシェアしたり、さらに磨きをかけていくそれぞれの場だ。
私のなかでは全部つながっているのだが、参加する方はそれぞれの興味にしたがってとっつきやすいところに参加してもらえればいいと思う。

が、結局、めざすところはすべて、自分自身にしっかりつながり、そのいきいきとした生命活動を観察し、自分の可能性を知り、それを練りあげ、純粋に発露していくことだ。

共感サロンでは、共感的コミュニケーションの学びとトレーニング、実践をつうじて、人と人の関係性、そして自分自身との関係性のなかから、自分の生命現象にアクセスしていく。

身体文章塾では、文章を書く、という行為をとおして自分自身と向きあい、自分自身を深く知り、またそれを外に向かって表現していくことを試みる。

現代朗読ゼミでは、テキストを読む、というシンプルな行為をとおして、自分のなかに刻一刻と起きている変化を観察し、身体の本質にダイブし、伝達ではなく表現としての朗読を追求する。

とりあえず参加を決めるほどではないが、ちょっと興味がある、という方は、ベーシックメンバーをおすすめする。
特典がいろいろあるのと、クローズドのフェイスブックグループがあるので、そちらで交流したり、質問を受けることができる。

※ベーシックメンバーの詳細とお申し込みはこちらから。

※水城ゼミについてはこちらをご覧ください。

2017年7月7日金曜日

ものすごく大量に共感的コミュニケーションの記事を書いているけれど

毎日のように共感的コミュニケーションについての記事を書いて、メールマガジンに掲載していることを、よく人から驚かれる。
「よくそんなに書けますね」
「書くネタがよくつづきますね」
おおむねこの二種類だ。

たくさん書くことは、もともと職業作家であったわけで、まったく苦ではない。
むしろ、もっと書く時間を確保したいくらいだ。
ふつうに生活者なので、一日の時間を書いていることだけですごしているわけではない。
ほかにも雑用やイベントなどがあって、書く時間はけっこうがんばって確保している。

書くネタについては、日々いろいろなことが起こるので、まったく困らない。
あらかじめネタをたくさんメモしてストックしておく、というようなことはしていない。
毎日、ラップトップに向かって、さてなにを書こうか、とかんがえてから、思いついたことを書きはじめる。
どうしてそんなに毎日、書くことを簡単に思いつけるのかというと、そういう日々をすごしているからだ。

共感カフェなどの参加者に、
「最近なにか気になったこととか、困ったこととか、うれしかったこととか、思いついたことがあればシェアしてくれませんか」
とお願いして、しかしだれからもなんにも出てこないことがある。
内心「そんなはずあるかい!」とツッコミをいれている。

ちょっと注意を払えば、日々さまざまなことが私たちのまわりで起こっているし、自分の内側でも起きている。
外側で起きたことに内側が反応して嵐が吹き荒れることもあれば、静かに内側から自然に動きだすこともある。
そういったことを、たいていは見過ごしたり、受け流したりしているだけなのだ。
そのような癖を身につけてしまっているだけなのだ。
いちいちそんなことにかかずらっていると、この忙しい現代社会を生きていけない、というわけかもしれない。
しかし、それでは、自分の生を生きていることにはならない。

私にはもうひとつ、書くことに困らない理由がある。
それは共感カフェや共感サロンを頻繁に開催していて、多くの人からインスピレーションをもらっているからだ。
参加者は共感的コミュニケーションを学びにきているのだが、一番学んでいるのは私だろう。
たくさん書いている記事は、みなさんから得られたインスピレーションやヒントが元になっているものが多い。

みなさんと会って、話し、共感し、触発され、そして書く。
このサイクルのなんといきいきしていることだろう、と思う。
生身の人間同士で話して触発されて内容を、「書く」というプロセスに落としこむことで、クリアになったり、理解が深まったり、あるいは思いがけない発見がこのプロセスでもあったりする。

みなさんももっともっと、書いてみればいいのだ、と思う。
なにも格式ばって小説やら論文を書く必要はない。
今日あったできごとを書きしるしてみるだけで、どれだけ発見があるか、学びが進展するか、試してみればいいと思う。
書きかたがよくわからない、という人は、私のテキストライティング・ワークショップや身体文章塾に出てみてね。

7月開催:水城ゆう共感サロン(7.8)
水城ゼミ・共感サロンメンバー向けの共感的コミュニケーションの勉強会です。7月の開催は8(土)19時/9(日)15時/22(土)18時/28(金)19時半、いずれも約2時間。

2017年7月6日木曜日

今月7月の韓氏意拳:表現者向けと養生功

もう韓氏意拳の稽古なしではかんがえられない毎日をすごしている。
五年前にはじめたとき、ここまでハマるとは思ってもいなかった。
いまや「いまここ」の自分自身にたいする注目、気づき、そして生命への畏怖、身体のまとまり、運動への謙虚さなど、五年前には想像もつかなかったような世界へと足を踏みいれ、またそれを稽古している日々だ。

この楽しさをみなさんに理解してもらえるとは思わない(思えない)が、
「水城の野郎はいったいなんのことをいってるのだ」
と、少しでも気になった方は、一度体験に来てみてほしい。

また、何度か体験したことはあるけれど、なんとなくそれっきりになってしまっている、というような人も、あらためて来てもらいたい。
というのは、韓氏意拳もまた日々、進化しつづけているからだ。

じつをいうと、韓氏意拳そのものが進化しているのではなく、韓氏意拳の指導者が進化しつづけているのだ、という実感がある。
はっきりいって韓氏意拳の教練の方々は(尊敬をこめていうのだが)武術おたくばかりで、つまりどうやったらさらに韓氏意拳をより理解し、より身につけ、またより伝えられるか、ということばかり四六時中かんがえている人たちばかりだ、と私は個人的に思っている。

さらに個人的なことをいえば、私自身はこの武術のおかげで表現行為にたいする姿勢も大きく変わった。
なんとなくやっていたことが、より緻密に、より注意深く、そしてときにはまったくちがった側面からアプローチしてあらたな世界が見えてきたことも多い。
ピアノ演奏にしても、朗読演出にしても、文筆にしても。
それらは当然のことながら、日常生活にもつながっていて、知らず知らず、生活のなかでの身体の使い方や感じ方、一瞬一瞬の気づきや丁寧さも変わってきているように思う。

韓氏意拳でなくても、ほかの武術や表現行為にも多かれ少なかれそのような側面はあると思うが、私には韓氏意拳がもっともしっくりきたし、韓氏意拳という武術がほかの行為にはない方法や考え方を内包していることは事実だ。
現代武術のなかでも、ひときわ一目置かれているようなところもある。

今月はひさしぶりに、身体表現者のための韓氏意拳講習会がおこなわれる。
私が最初から教えて受けている内田秀樹教練にご指導いただく。
武術などまるでやったことがない、という人も歓迎だ。
きっと多くの気づきが生まれることだろう。

また、国立の拠点である春野亭まで養生功をご指導においでいただくのは、昭島在住の駒井雅和教練だ。
駒井先生には養生功のほかに、初級講習会も国立でご指導いただいている。

いずれもとても楽しく、深く、あたらしく、気づきに満ちた講習会なので(これまでの経験から)、気になった方はぜひご参加ください。


身体表現者のための韓氏意拳講習会@千歳烏山(7.9)
「身体表現者のための」という切り口で、全身の連動や運動の緊密さ、身体のありように緻密にアクセスし、本来の自分のなかにある可能性に気づいていく武術講習会です。アート表現をおこなっている人や表現に興味がある人におすすめ。

国立・韓氏意拳初級講習会(7.11)
駒井雅和中級教練による国立での韓氏意拳初級講習会の2017年7月は、11日(火)午後にJR国立駅徒歩5分の会場にて開催します。

韓氏意拳養生功講習会@国立(7.25)
JR国立駅徒歩5分の会場にて駒井雅和中級教練による韓氏意拳養生功講習会を7月25日(火)19時半から21時まで、ショートクラスで開催します。

2017年7月3日月曜日

イベントモリ

イベントが盛りだくさんの週がやってきました。
恒例のまとめお知らせをさせていただきます。
直近のものだけなので、ご注意ください。

まずは共感的コミュニケーションの勉強会など。
古巣の東京・世田谷では、つぎの三か所の共感カフェがあります。
お店のカフェと個人宅でやります。

ステイハッピー共感カフェ@下北沢(7.5)
隔月で開催している下北沢の旅カフェ〈Stay Happy〉の共感カフェです。だれでも参加できるオープンで気楽な雰囲気の勉強会です。参加費1,000円+1オーダー。

寿美ちゃんち共感カフェ@東松原(7.6)
東松原在住で自宅をイベントに開いている星寿美さんが、共感おはなしカフェを主催しています。おたがいに深く聴きあうことのできる場で自分自身の価値とニーズにつながるためのサポートをおこなうおはなし会です。

かまいキッチン共感カフェ@下北沢(7.13)
安心して親子連れで行ける店として有名な下北沢〈かまいキッチン〉で、#共感的コミュニケーション ( #NVC )の勉強会を開催します。7月13日(木)15時から17時まで、お子さん連れ歓迎です。


国立の直接参加者とオンライン参加者が混在しておこなう共感サロンは、基本的にサロンメンバー向けの勉強会ですが、サロン参加をご検討の方は単発の体験参加も歓迎します。
土日、平日、取り混ぜて6回の参加チャンスがあります。

7月開催:水城ゆう共感サロン(7.8)
水城ゼミ・共感サロンメンバー向けの共感的コミュニケーションの勉強会です。7月の開催は8(土)19時/9(日)15時/22(土)18時/28(金)19時半、いずれも約2時間。


今月は東京以外に、神戸と鈴鹿でも共感カフェがあります。
お近くの方で都合のつく方はぜひどうぞ。
リアル参加のみです。

親密な関係における共感的コミュニケーション@神戸海運堂(7.14)
子育てママに縁の深い海運堂で、子どもとのトラブル、旦那さんへの苛立ち、家族とすぐ喧嘩になる、などなど、親密な関係をより円滑にすることを主なテーマとして共感的コミュニケーションの勉強会を行います。7月14日(金)14時から約3時間。

カフェウチダ雑貨店共感カフェ@鈴鹿(7.15)
鈴鹿市白子で、お好みの飲み物とお菓子をいただきながら、共感的コミュニケーションについて学んだり、お互いの話を深く聴きあう練習をします。7月15日(土)13時から約3時間。


音読療法をもちいた音読カフェは、音読療法を体験してみたい、どんなものなのか知りたい、日常で使える簡単な健康法を身につけたい、といった方におすすめです。
より詳しく知りたい方はボイスセラピー講座をおすすめします。

7月8日:音読療法協会の音読カフェ(7.8)
ボイスセラピーの手法を用いつつ、お茶を飲んだり共感的に対話しながら進める心身調整健康法を実践する場を、音読療法協会主催で開いています。7月の開催は8日(土)14時からです。


参加者も増え、また機関誌『HiYoMeKi』の定期刊行再開準備も進んでいる身体文章塾は、これからが旬です。
単発体験参加も歓迎です。

7月開催:身体文章塾(7.9)
テキストで自分自身を伝えるために、自身の身体性とむすびついたことばや文体についてのさまざまな試みをおこなっています。7月の開催は9(日)/23(日)、いずれも19時より約1時間半程度です。


ひさしぶりの韓氏意拳の身体表現者向け講習会と、国立での技撃の講習会も近づいてます。

身体表現者のための韓氏意拳講習会@千歳烏山(7.9)
「身体表現者のための」という切り口で、全身の連動や運動の緊密さ、身体のありように緻密にアクセスし、本来の自分のなかにある可能性に気づいていく武術講習会です。アート表現をおこなっている人や表現に興味がある人におすすめ。

国立・韓氏意拳初級講習会(7.11)
駒井雅和中級教練による国立での韓氏意拳初級講習会の2017年7月は、11日(火)午後にJR国立駅徒歩5分の会場にて開催します。

2017年7月2日日曜日

共感的コミュニケーション(NVC)とはなにか

共感的コミュニケーションもしくはNVC(=Nonviolent Communication/非暴力コミュニケーション)といってもいいんだけど、この基本原理は非常にシンプルなものだ。

マーシャル・ローゼンバーグは、人の感情や言動は、その奥にある「ニーズ」から生まれるということをもとにNVCの体系を提唱した。
人はそれぞれ、その時々の「ニーズ」にもとづいて行動したり、感情を発露させたりしていて、言動もニーズを満たそうとしている「手段」としてあらわれる、というのだ。

人間関係において見えているのは、そこにあらわれている感情や、手段としておこなっている言動であって、その元になっているニーズは見えにくい。
しかし、人と人がつながれるとしたら、お互いにどういうニーズがあるのかを理解しあえたときだ、という。
お互いにどんなニーズがあってそのような言動をおこなっているのか、どんなニーズからそのような感情があらわれているのか、その部分を理解しあえれば、対立はなくなる、というのがNVCのめざす人間関係だ。

対立は「手段」のレベルで生まれる。
お互いに自分の手段を手放さず、執着してこだわっているかぎり、対立は解消されない。
手段のレベルから、「その手段をとろうとしているのはなんのニーズがあるからなのか」というレベルへと降りていったとき、そこには対立ではなく相互理解が生まれる。
ニーズを理解しあい、尊重しあってから、どのようにすればそのニーズを満たすことができるかという手段のレベルへと進むのだが、そのときには対立ではなく協調関係になっている。

また、感情についても、だれかが感情を発露していると、ついてそれをどうにかしたい、なぐさめたい、同情したいという態度をとってしまうのだが、そうではなくその感情がなんのニーズから生まれているのか共感的に聴きつづけることで、相手が自己共感――自分自身につながるお手伝いをすることができる。
「自分がこんな気持ちになっているのは、こういうニーズがあるからなのか」
という客観的な理解が生まれたとき、人は落ち着き、またそのニーズを満たすためにはどうすればいいのかという、実際の行動へと進むことができる。
共感的に聴く、というのは、そのお手伝いをする、ということだ。

自分自身についてもそのことは適用できる。
なんらかの感情があり、それにとらわれてしまっているとき、その奥にあるニーズにつながることによってクリアになり、行動が生まれてくる。

これら、だれかとつながるための、あるいは自分自身とつながるための、実際的なプロセスを、マーシャル・ローゼンバーグは明確に示している。
「Observation」「Feeling」「Need」「Request」というよっつのプロセスなのだが、これについてはここでは省略する。

ステイハッピー共感カフェ@下北沢(7.5)
隔月で開催している下北沢の旅カフェ〈Stay Happy〉の共感カフェです。だれでも参加できるオープンで気楽な雰囲気の勉強会です。参加費1,000円+1オーダー。

2017年6月28日水曜日

日本みつばちがやってきた

二年ぶりに日本みつばちの養蜂にたずさわれることになった。
和食ちゃんが縁をつないでくれて、町田の養蜂家の守屋さんから1群を譲り受けることができたのだ。
それを、多摩のあした農園に置かせてもらえることになった。

あした農園の渡辺さんも日本みつばちに興味があって、もう1群を譲ってもらえることになったので、あした農園に2群が同時にやってきた。

巣箱はいわゆる重箱式だが、独自に作られた小型のものだ。
話を聞いてみると、容量がちいさいので巣の成長が早いとどんどん継ぎ足していく必要があるが、小型なので巣が落下することは少ないという。
私は巣枠式でしか飼ったことがなく、重箱式は初めてだ。

今年はまずこれで群を育て、翌年分封してくれれば、そちらを巣枠式にいれようという魂胆だ。

昨日、町田からあした農場に巣箱を運んできた。
夕暮れになってみつばちたちの活動が静まるのを待って、車で運んだ。
あした農場を南側に見渡せる絶好の場所に巣箱を設置した。

今日は朝から雨降りだったが、見に行ってみたら、みつばちたちは元気で、どうやら落ち着いてくれたようだ。
渡辺さんも守屋さんも見に来てくれていて、私は目撃しなかったのだが、この雨のなか、花粉を運んでいるみつばちも見たとのことだった。

花粉を運んでいるのは、幼虫を育てている証拠だ。
晴れたらどのくらいの頻度で運んでいるのか、数えてみようと思う。

日本みつばちが命(群)をつなげる環境というのは、生き物の多様性が保証されていることの指針になる。
ニンゲンはおごりきった物質文明思想をあらためて、地球生命の多様性に寄与できる生き方にシフトしていけないだろうか、と思うのだ。

2017年6月26日月曜日

ひさしぶりにビビっ! ファビアン・アルマザンというピアニスト

最近けっこう有名になってきて、来日もしているらしいんだけど、まったく知らなかった(とはいえ、最近のジャズシーンからはとんと遠ざかっている)。
ファビアン・アルマザンという名前のピアニストで、キューバのハバナ出身らしい。

幼少のころからクラシックピアノをみっちりやっていて、演奏を聴くと、なるほどさりありなん、という感じ。
どこがそんな感じかというと、ブラッド・メルどーもそうなんだけど、いわゆるジャズピアニストの奏法である左手でコードもしくはテンションノートによるバッキング、右手でメロディラインやアドリブフレーズ、というスタイルをあまりとっていない。
右も左も自由に動いていて、左のラインもアドリブフレーズとしてときに重要な役割をになっている。
クラシック音楽でいえば、バロック音楽の対位法的な感じ。

しかし、そんなみみっちいことよりも、なによりも、音楽性がすばらしい。
たまたま最初に聴いたのが『Alcanza』というアルバムで、全体が組曲のような、物語のような感じがする構成になっている。
映画音楽のように映像やストーリーを連想するサウンドだ。
いいのだ、これが。

もともと映画音楽そのものも好きだが、映画音楽的なサウンドが好きだし、自分でも演奏するとき、朗読という、いわばストーリーと共演することが多い。
そもそも私自身、演奏家であると同時に、小説家でもあるわけだし。

アルマザンの音楽はまぎれもなく長編小説だ。
ジャズ的だし、間違いなく現代ジャズの語法で語られているのだが、サウンドはクラシック的であり、フォルクローレ的でもある。
ストリングスがはいっていて、しかしそれは「ストリングスがはいっているジャズ」とか「ストリングスがはいっているイージーリスニング」といったものとはまったく違っていて、サウンドの重要なパートをになって仕組まれているのだ。

YouTubeを探すとストリングスがはいったバンドでのライブ映像がすこし出てくるが、トランペットやサックスの位置にストリングスがいるといってもいいくらいだ。

『Alcanza』ではもうひとつ、ボーカルのカミラ・メザがすばらしい。
チリの人らしくて、本国ではジャズミュージシャンとして第一人者で、自身の大きなバンドも率いていたらしいが、いまは活動拠点をニューヨークに移している。
ソロアーティストとして十分にすばらしい人だが、アルマザン・バンドのボーカル(とギター)としてはまりきっている。

良質の映画を一本観たあとのような、良質の文学作品を一冊読んだあとのような、なんともいえないふくよかな、同時にいても立ってもいられないようなクリエイティブな刺激をもらった音で、ひさしぶりに何度もリピートしながらこれを書いている。

◎ギフト制によるレッスン/個人セッション
対面でもオンラインでも、レッスンや個人セッションを「後払い/いくらでもギフトで」という方式でおこなっています。メールでもメッセージでも気軽にどうぞ。お待ちしてます。興味のある方はこちらの詳細ページをご覧ください。

しつこく作りつづけるぞオーディオブック

今月リスタートした現代朗読ゼミだが、こちらでは「身体表現としての朗読」の研究とトレーニング、そしてステージ作りの実践をおこなっている。
そのほか、かつてさかんにおこなっていたように、オーディオブックの研究とトレーニング、実践としての収録・製作・配信をおこなっていきたいと思っている。

20代後半からラジオ番組の製作にたずさわるようになって以来、30数年、ずっと音声コンテンツにかかわってきた。
音楽や朗読のライブだけでなく、収録コンテンツも数多く作ってきた。

いまでこそオーディオブックというと一般的になってきたが、アップルがiPodとiTunesで日本に殴りこみをかけてきたとき、本格的に日本語の朗読コンテンツを作っていたのは、わがアイ文庫ほか数社程度だった。
つまり、ネット配信のオーディオブックコンテンツの製作者としては、草分けと胸をはってもいいんじゃないだろうか、と思う。

もちろん、当初の製作方法やノウハウにあぐらをかいているわけではない。
日々進歩する収録機材やソフトウェア、ネットのシステムなどを追従し、取りこみながら、朗読者そのものの育成方法についても進化/深化しつづけてきたという自負がある。

ライブ朗読のみならず、収録朗読、あるいはYouTubeを含む動画ネット配信などに興味をお持ちの方は、まずは一度、現代朗読ゼミに単発体験参加に来てみてほしい。
どんな形であれ、朗読や音声コンテンツに興味をお持ちの方は歓迎なのだ。
まったくの初心者も大歓迎です。

6月開催:現代朗読ゼミ
29(木)10時半から約2時間。

7月開催:現代朗読ゼミ
いまこの瞬間の自分自身をのびやかに表現することをめざす現代朗読ゼミ、7月の開催は2(日)10時半/6(木)10時半/13(木)10時半/22(土)10時半/27(木)10時半/29(日)10時半、いずれも10時半から約2時間。

2017年6月25日日曜日

たんぱく質を取れレシピ(とれれしぴ)

糖質をカットするダイエットがはやっているが、私もだいぶ前からなるべく糖質を取らないように留意していた。
といっても、ご飯や麺類は好きで、まったく食べないわけではなく、とくに外でご飯を食べるときにはそもそも糖質を摂らないのは無理。
ゆるい糖質カットだが、その分、たんぱく質は積極的に摂りたい。

筋トレをやっている人は良質のたんぱく質を摂るために、鶏肉の脂身のすくない部位をよく食べるという。
私は鶏肉といえばもも肉が大好きなのだが、むね肉を使った簡単料理をやってみたので、紹介したい。
それにしても、むね肉って安いのね。

【材料】二人分
・鶏のむね肉……1枚
・玉ねぎ……小1個
・鷹の爪……1本
・にんにく……1かけ
・オリーブ油、塩、こしょう、粒マスタード

鶏のむね肉は食べやすい大きさにスライスしておく。
玉ねぎも月型にスライス。
鷹の爪は種を抜いておく。

フライパンににんにくのみじん切りと鷹の爪、オリーブ油(大さじ1)を入れ、弱火にかける。
にんにくが香り立ってきたら、鶏肉と玉ねぎを入れ、塩・こしょうをして火を強め、鶏肉に火が通るまで炒める。
最後に粒マスタード(大さじ1)を加えてまぜあわせたら、完成。
皿に盛りつけて、あればイタリアンパセリなどを散らしたら、なおよし。

このパターンで手抜きパターンの応用編もご紹介。
粒マスタードの代わりにマヨネーズを使う。
鷹の爪とにんにくは省略。
フライパンにオリーブ油をいれて、鶏肉と玉ねぎを炒めて、塩・こしょう。
最後にマヨネーズをからめて、おしまい。
これもけっこういける。
マヨラーの方はお試しを。

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2017年6月24日土曜日

紙本の『共感的コミュニケーション2017』在庫入荷

安いし、かさばらないし、スマホにいれていつでも持ち歩いて読めるし、Kindle本のほうがいいよってコトあるごとに強調しているのに、それでも紙の本のほうがいいという人が一定数いるので、ちょこちょこと発注しては在庫をいくらか手元に置くようにしている。

どうやって作ってるの、とよく聞かれるのでちょっと書いておくと、以前はBCCKSというePubから紙本まで一貫して作れるサービスを使っていたんだけど(いまも使ってるけど)、紙本だけより経済的な「製本直送.com」というサービスを使っている。
InDesignで版下を作って、それをPDF入稿するので、だれにでもおすすめできるわけではないけれど、とにかく1冊から発注できる。

カバーは別の印刷所に、こちらはイラレデータで入稿して発注。
けっこう手間がかかるのだが、一度作ってしまえば追加発注は楽。

というわけで、入荷しているので、紙本が必要な方はこちらからどうぞ。
カード決済も使えて、購入もやりやすくなっているはずです。

2017年6月23日金曜日

共感サロンがめざすところ

ちょっと乱暴ないいかたかもしれないが、共感的コミュニケーション(NVC)は「使ってなんぼ」だと思っている。
NVCを習得してなにをしたいのか、NVCを身につけることでどんな世界を実現したいのか。
NVCを学ぶことそれ自体が目的では、もちろん、ない。

習ったら使ってみる。
最初は下手くそでも、とにかくトライしてみる。
使ってみることで、習うこと以上のことが見えてくる。
すると、習うよりはるかに多くの上達が生まれてくる。
そしたらまたあらためて、学びの場に参加してみる。
全然ちがう風景がそこにあるはずだ。

なんのために共感的コミュニケーションを身につけるのか。
そこがはっきりしていて、とにかくそれをトライしてみる人は、上達が早い。

家族との関係を改善したいのか、職場の人間関係をよくしたいのか、夫婦のつながりを取りもどしたいのか。
社会に貢献したいのか、対立を解消したいのか、いきいきとした自分の人生を生きたいのか。

私の場合も目的がある。
おそれなくいきいきと、自分らしくのびやかに表現すること。
自分の人生を大切に生きること。
同時に他人の時間もおなじくらい大切にすること。

共感的コミュニケーションは強力なスキルだが、それだけでは足りない部分も(私には)ある。
それをおぎなうために共感サロンという場をひらいている。

共感サロンでは共感的コミュニケーションの学びにくわえて、自分自身のことを知ること、とくに身体とあたまが分離してしまっている現代人である我々の、生きものとしての「統合」をはかること。
いまこの瞬間の生命現象にいつもつながっていて、いきいきとほがらかに、そして力強くふるまうこと。

これらを、声を出したり、なにかを書いたり、対話したりすることをきっかけに、各人が探求していく。
これが共感サロンのめざしているところだ。
瞬間瞬間移りかわり、変化している状況と自分自身の身体をどれだけ注目し、知り、そこから生まれてこようとしているすばらしいものを妨げないようにできるか。

学びの場であり、実践の場でもある。
そういうことを深めていきたいと思っている。

7月開催:水城ゆう共感サロン(7.1)
オンラインまたはくにたち会場への直接参加、どちらでもどうぞ。著者によるアットホームな共感的コミュニケーション(NVC)の勉強会です。7月の開催は7月1(土)18時/3(月)11時、いずれも約2時間。

2017年6月22日木曜日

7月25日:国立・韓氏意拳養生功講習会

国立での駒井雅和中級教練による韓氏意拳・養生功の韓氏意拳学会公認講習会、2017年7月のお知らせです。

◎日時 2017年7月25日(火) 19:30〜21:00(ショートクラス)
◎参加費 2,500円(講習会費、会場費、講師交通費を含む)
◎場所 国立駅から徒歩5分の会場
◎持物 動きやすい服装・筆記用具・メモ

参加予約はこちら「韓氏意拳学会公式フォーム」から。
もしくは水城ゆうウェブサイトのコンタクトフォームから。

もうすぐ15周年の語人(ストーリーテラー)サヤ佳

私が活動拠点をくにたち春野亭に移してから初めてとなるレッスンに、語人(ストーリーテラー)の小林サヤ佳ちゃんがお母さんの希依子さんと豊田市からやってきた。
ふたりが最初に私のところにやってきたのは、じつに15年前のことだった。
サヤ佳ちゃんはそのとき、中学3年生で14歳だった。
知的障害を乗りこえて二人三脚で語りの活動をはじめたばかりだった。

母の希依子さんは、サヤ佳ちゃんが語りで自立して生きていってほしいと、いろいろな人のもとを訪れてサヤ佳ちゃんにレッスンを受けさせていたのだった。
私はそのとき、世田谷の豪徳寺に活動拠点があったのだが、わざわざそこまで「ご指導をお願いします」とやってきたのだった。

以来、気がついたら15年、サヤ佳ちゃんの成長を見守り、サポートをつづけさせてもらったことは、私にとっても大きな喜びだ。
その間、私の「指導」は一貫して「よけいなことはしない、成長の邪魔をしない、ただただまっすぐにのびのびと語ってもらう」という方針だった。

本来、人というのはそういうもので、障害があろうがなかろうが、成長するためには「邪魔されないこと」「のびのびと練習できること」「ジャッジされないこと」が必要で、それが保証されたとき、本来その人が備えている能力の可能性を最大限に伸ばすことができる。
それは大人であってもおなじだ。

音楽や文学、朗読などの世界で指導をもとめられることが多かったし、いまでもそうだが、もし私が「指導」するとしたら、「なにもしない」「邪魔しない」ことに尽きる。
私ができるのは、その人がのびやかに、安心して楽しく表現できる環境をととのえることだ。

とはいえ、私も表現する人間なので、私とともになにかをいっしょに作る・共演する、という立場になった場合、当然相手にお願いしたいことも出てくる。
サヤ佳ちゃんを私の共演者としてあつかったとき、彼女にもっとこうなってもらいたい、ここでこうやってほしい、こんなふうな表現がほしい、ということが出てくる。
それはもちろん、彼女になにかを「足してほしい」といっているわけではなくて、本来彼女が持っているものをより発揮してもらいたいだけなのだが、そうするためにはそうするための訓練がやはり必要になる。

この15年間、お母さんの庇護のもと、ひたすらまっすぐ伸びつづけてきたサヤ佳ちゃんだけど、ここから先はそろそろ表現者としてさらに魅力を増す別次元のレベルへと進んでいってもらいたいし、それができる人だと私は確信している。
これまでもすばらしい語り手だったが、これからはさらに朗読や身体表現も加わって、本当に楽しみな表現者へとさらに大きく成長していくだろうと、私は思っている。

2017年6月21日水曜日

「感謝する」とはどういうことか

よく「生きていることに感謝しなさい」「感謝しながらいただきなさい」「感謝が大事」などといわれる。
なぜか命令形でいわれることが多くて、私などは反射的に反発反応が生まれてしまうのだが、ちょっと待て、じぶん。
感謝するとはどういうことなのか、あらためてかんがえてみたい。

共感的なアプローチでかんがえてみる。
これはマーシャル・ローゼンバーグのことばだが、
「人は二種類のことしかいっていない。「ありがとう」と「お願い」だ」
というのがある。

解説すれば、「ありがとう」をいうのは「ニーズが満たされたとき」で、「お願い」をいうのは「ニーズが満たされていないとき」だ。
ニーズには「満たされている」か「満たされていない」かふたつの状態があって、そのどちらの状態にあるかによって人の言動が変わってくる。

だれかが怒っていたり、悲しんでいたり、苦しがっていたり、寂しがっているとき、その人のニーズは満たされていない状態にあって、その人の言動は「お願い」ととらえることができる。
聞いてもらいたかったり、なんらかの助けを必要としているのかもしれない。

その逆の場合は「ありがとう」ととらえることができる。
これがマーシャルのいっていたことだ。

すると「感謝」つまり「ありがとう」を表現するのは、ニーズが満たされたときの言動ということになる。

私は「感謝する」のはだれかに強制されたり、なんらかの手順のなかで決められたとおり行なうのではなく、自然に自分のなかから湧きでてくる表現だろうと思っている。
私のなんらかのニーズが満たされたとき、ありがとうが自然に出てくるのだ。

人になにかをしてもらって、そのことで自分のなんらかのニーズが満たされたとき、自分のニーズが満たされたことを相手に伝えるのが「感謝する」という言動だろう。
相手とより共感的につながりを深めたければ、自分のなんのニーズが満たされたのか、具体的に相手に伝えればいいだろう。

「あなたが手伝ってくれてたすかりました。サポートや尊重、つながりのニーズが満たされ、私はうれしいのです。ありがとう」

よりつながりの質を高めるのに役立つ伝えかただ。
これを自分自身にむけてやるとき、それは「お祝い」となる。

水城ゼミ・共感サロンメンバー向けの共感的コミュニケーションの勉強会です。6月の開催は23(金)19時/24(土)16時、いずれも約2時間。

2017年6月20日火曜日

「私にはあなたのニーズを知りたいニーズがある」という暴力

とかく親密な関係にあるふたりの間で起こりがちなことだが、共感的につながりたいと思うあまり、お互いのニーズを知りたい、確認したいという気持ちが高まり、ときにそれが切迫してしまうことがある。

ちょっとした行き違いがあったり、対立が起こったりしたとき、共感的コミュニケーションを学んだ自分としては、相手を責めるのではなく、共感したいとかんがえる。
暴力的な世界から、共感と思いやりの世界に移行したいと思っている。
なので、相手がなにを大切にしているのか、いまこの瞬間の相手のニーズはなんなのか、共感を向けて知ろうとする。

また同時に、自分のニーズは相手とつながりたい、相手に共感したい、相手のニーズを知りたいことだと思っている。
自分のニーズを理解し、そこにつながり、相手に共感していく。
これは共感的コミュニケーション(NVC)のセオリー通りであり、どこもまちがっていないように見える。
だから、相手に、
「あなたのニーズは○○なのかな? 私はあなたのニーズを知りたいというニーズがある」
と迫ってしまう。

しかし、ちょっと待ってほしい。
そのときあなたは、対立が起こったその時点から時間が経過しているいまこの瞬間にいたって、相手のニーズがすでに変化しているかもしれないことに気づいているだろうか。

あなたが共感しようと相手に迫ったとき、すでに相手は、だれかから共感を受けたり自分のニーズを伝えたりする余裕や気持ちがなかったりするかもしれない。
相手はただ、自分をそっとしといてもらいたい、自分のスペースと自分なりのペースを必要としているだけかもしれない。
そういう相手に「ニーズを教えてほしい」と迫るのは、これは共感ではなくすでに「強要」となっていることに、あなたは気づいていない。

「強要」とか「要求」「命令」というのは、相手に選択肢をあたえないという意味でまさに「暴力」といっていい。
銃を突きつけて、こうしろ、さもないと撃つぞ、といっているようなものだ。
共感とはつねに、相手の側にも選択肢があるものだ。

あなたは相手のニーズを知りたい、教えてもらいたい、しかし相手はそれを教えたくないかもしれないし、すでに話をする余裕すらないのかもしれない。
こちらに答えてもいいし、答えなくてもいい、また、なにか別のことをしてもいい、と相手が選択することをこちらが尊重している必要がある。
あなたのニーズはそのとき満たされないかもしれないけれど、ニーズが消えるわけではない。
自分のニーズを相手に伝えた上で、相手が自分のニーズにしたがって選択することを尊重したい。
それが、お互いのニーズをともに尊重する共感的コミュニケーションの原理である。

自分とつながるテキストライティングWS(7.1)
いまの時代こそ表現の根本である「ことば」が重要であり、私たちは自分自身を語ることばを獲得する必要があります。それを模索するワークショップを7月1日(土)に国立およびオンラインで6時間にわたって、じっくりとおこないます。

2017年6月19日月曜日

実効性が高い身体的共感練習

韓氏意拳という武術に取り組むようになってもっとも強烈にショックを受けたことがある。
それは、いかに自分が自分の身体のことを「知っているつもり」「コントロールできているつもり」であるか、ということだ。

子どものころから自分の身体を含む「生き物」に関心があって、さまざまな興味や好奇心で探求しつづけてきた。
生き物をたくさん飼ったりしたのもそのせいだし、中学生のころにはヨガにはまって自分なりに修行じみたことをやったりした。
おかげで、息こらえで4分以上息を止めていられるようになった(いまはどうだろう?)。

ピアノを弾いてきたので、その過程で身体、腕、手、指のコントロールの鍛錬をつづけてきた。
ハノン練習曲集やチェルニー練習曲集はそのための挑戦のためにやったし、しだいにできるようになっていくのも苦しいながらに楽しい面もあったのは確かだった。

一方、武術はいうまでもなく、自分の生死を賭する場面を想定した稽古をおこなう。
その際、「つもり」はそのまま「隙《すき》」につながる。
その隙は敵に差しこまれて、こちらの「負け」つまり「死」となる。

稽古を重ねるうちに、自分の隙よりも相手の隙のほうが先に見えてくる。
自分ができていること、できていないことがすこしわかってくると、それができていない相手のことがよく見えるのだ。
囲碁の勝負の世界で「岡目八目《おかめはちもく》」ということばがあるが、自分のことより人のことのほうがよく見える、ということだ。

自分の隙もわかるようになってくると、愕然《がくぜん》とする。
自分の身体がどれほど見えていなかったか、身体がいかにバラバラになっているか、いかに身体へのまとまりや注目がうわずって足まで降りていないか、そしていかに思考ばかり先行して体認ができていないか。

武術においてもっとも隙が大きくなるのは、観念が先行するときだ。
こうすればああなるはずだ、という思考や型、形、やりかたをすこしでもなぞろうとしたとき、こちらは「死に体《たい》」となる。
観念は感覚を奪う。
生きた体「活体《かったい》」でいるためには、観念の世界をはなれ、思考を手ばなし、感覚体でいつづける必要がある。

これを別のことばでマインドフルネスとか「気づきのある状態」ということもできる(一般的イメージよりずっと濃い世界だが)。
このとき、まぎれようもなく、自分の「ニーズ」が浮き彫りになる。

共感的コミュニケーション(NVC)では「ニーズ」につながることを大事にするが、武術の世界ではそれはわざわざつながるものではなく、極限状況においていやがおうもなく浮き彫りになってくるものだ。
極限状況を想定した稽古において、それはおのずと浮かびあがってくる。
実感としてはニーズが「発生」してくる、といってもいいかもしれない。
ニーズは韓氏意拳の「意」に似ていると私はとらえている。

ニーズ=意が発生すると、いやがおうもなく身体はそれに応じようとする。
かんがえる間もなくそちらに向かって動く。
タイムラグはとても短い。

これらの稽古は困難をともなうが、有効性が高い。
自分とつながること、相手とつながること、こういったコミュニケーションの世界においても、観念にとらわれないために身体感覚はとても重要で、有効だと実感している。
身体をともなわない共感練習は実効性が低いといわざるをえない。

7月開催:水城ゆう共感サロン(7.1)
オンラインまたはくにたち会場への直接参加、どちらでもどうぞ。著者によるアットホームな共感的コミュニケーション(NVC)の勉強会です。7月の開催は7月1(土)18時/3(月)11時、いずれも約2時間。

2017年6月18日日曜日

人の感情の影響を受けないために

毎月、実家に帰るたびに開催している「実家音読カフェ」を、今回も実施した。
このところ、毎回参加者が増えつづけていて、「これ以上増えたらどうしよう」と心配していたのだが、杞憂だった。
今回の参加者は4人と、落ち着いてやることができた。

そこで出た話題。
老人ホームに読み聞かせのボランティアに行っていたんだけど、行くたびにこちらの気持ちが落ちこんでしまって、だんだん耐えられなくなってやめてしまった、ということをいう人がふたりいた。
みなさん、きちんとこちらの朗読をきちんと聞いてくれるんだけど、その前後の交流のなかで、認知症が進んでいる人のぼんやりしたようすや、起伏の激しい感情をしめす人を見ていると、こちらまでその影響を受けてしまって、動揺するというのだ。

人間にはもともと、相手の感情や動作、姿勢を、無意識に写し取ってしまう心の働きがある。
社会的な動物として必要があってそういう働きを持っているのだが、ときにそれはやっかいなことを引きおこすことがある。

そんなときはどうすればいいか。
その場を離れる、逃げる、というのもひとつの方法だが、せっかくボランティア活動に来ていてみなさんのお役に立ちたいと思っているのだから、落ちこんだり動揺することなく、自分は自分としていきいきとふるまっていたい。
こんなとき、共感的コミュニケーションが役に立つ。

共感的コミュニケーションでは、相手の感情やふるまいに注意を向けるが、それはそのさらに奥にあるニーズを知るためであって、目的はあくまでニーズにつながることだ。
なので、相手がどのようなふるまいや感情表現をしていても、こちらはその影響を受けないようにする。
相手の言動や感情は、相手のニーズが満たされたり満たされなかったりしているために現れてきているもので、こちらとはなんの関係もない。
もしこちらが相手とつながりたければ、言動や感情レベルではなく、ニーズレベルでつながるようにする。
つまり、相手がなにを大切にしているか、どんなことを必要としているのか、そのことに注意や好奇心を向けていくのだ。

そのとき、こちらはこちらのままでよく、相手の言動や感情に振り回されることなく、ただ相手に好奇心を向けていくだけだ。
こちらがつながろうとしている態度が相手に伝われば、相手は落ち着いたり、言動や感情に変化が起きたりするかもしれないし、もしそうなって双方のあいだにつながりが生まれたら、こちらもきっとうれしくなるだろう。
おたがいに自分のニーズに気づきつづけ、よりいきいきと交流することをめざすのが、共感的コミュニケーションだ。

今回の参加者がせっかくのボランティアをやめてしまったと聞き、その理由を知ったとき、私はとても驚いてしまったのだ。
なぜなら、私も高齢者を相手の活動のチャンスをたくさん持っているけれど、落ちこんだり動揺するどころか、むしろこちらのほうが元気になり、あたたかく幸せな気持ちで会場をあとにすることがほとんどだからだ。
相手が高齢者だろうが子どもだろうが、本来、いっしょにやるワークはそういうものだろうと思っていたので、びっくりしたのだ。
だから、上記のような話をさせていただいた。

もちろん共感的コミュニケーションを身につけるにはそれなりの理解と練習が必要だ。
しかし、ボランティアワークでみなさんの役に立ちたいと思っている人には、自分がいきいきと活動をつづけていくためにも、共感的コミュニケーションを身につけてほしいと思うのだ。

ボイスセラピー講座@国立(6.24)
呼吸や声を使って自分自身や身近の人を癒し活力を養うボイスセラピーの概要を学び、身につけるための講座です。この講座の受講修了が音読トレーナーの資格取得講座の受講要件となります。6月24日(土)10時からJR国立駅徒歩5分の会場にて開催。

2017年6月17日土曜日

自分の内側と外側に分けて文章を書く練習

月に一回開催しているテキストライティング・ワークショップでは、参加者の顔ぶれに応じて内容が変化していきますが、今回はちょっとおもしろいワークができたので、記録として書きとどめておきます。

なにごとか起こったことやストーリーを人に伝えたいとき、なにをどのように書けばいいのか、という問題に直面します。
たいていの人は思いついたところから、あるいはインパクトのありそうな場面から、もしくは状況説明から書きはじめたりします。
その選択はなんとなくあいまいで、ある程度書いてみてから確認したり、推敲したり、書き直したりします。
明確さをもって書きはじめる人は、よほど書きなれている人でないかぎり、あまりいないのではないでしょうか。

このとき、文章を読んでもらう「読み手」が、どのように受け取るのかをちょっとかんがえておく必要があります。

読み手はその文章がどの視点から書かれているのかを無意識に受け取り、その視点からできごとなりストーリーなり場面なりを脳内で構築しながら読んでいきます。
書き手の視点で書かれていれば書き手が見たり聞いたりしたことを自分の経験として擬似的に体験しながら読みすすめます。
フィクションだったらそれはたいてい主人公の視点だったりします。

では、読み手の視点とはどのようなものか。
読み手の視点には、そのベクトルがふたつあることを理解しておくと、文章を書くための明確さに役に立ちます。

ひとつは自分から外側を見て、ものごとがどのように起こっているのかという「観察」。
もうひとつは、そのものごとが起こったときに自分がそれをどのように受け取り、どのような反応や変化が起こっているかという「観察」。

いずれにしても観察が重要で、そこには客観性が求められます。

どちらを先に書くのかによっても、文章の印象はかなり変わります。
またどちらを重視して伝えたいのかという書き手の意図も関わってきます。
いずれにしても、視点のベクトルを意識して、それぞれ分けて書く必要があります。

こうして書かれた文章はとても明確で、輪郭がはっきりしていて、読み手にも受け取りやすいものになります。
そのことはワークショップで実際にやってみて、はっきりわかることでした。

今回のワークショップでも、書いている文章がそのプロセスを経てみるみるクオリティの高いものに変化していきました。
そのことは本当にびっくりであり、また案内する私にとっても喜びでした。
あまりに効果的だったので、この方法はまた機会があれば試してみたいと思っています。

次回7月のテキストライティング・ワークショップは1日(土)の開催です。
詳細とお申し込みはこちらから。

2017年6月13日火曜日

ひさしぶりの朗読ゼミでわくわくした


ほぼ1年ぶりとなる現代朗読ゼミをくにたち春野亭でおこなった。
参加者は私もいれて4人と少人数だったのだが、現代朗読に初めて触れる人もいたので、基本的な考え方から基礎トレーニングの入口あたりまで、ざっくりとではあるが楽しくやらせていただいた。

朗読という表現行為にはアプローチの方法がふたとおりある。
ひとつはテキストの内容や作者の思いなどを伝える「伝達」に主眼を置いたもの。
もうひとつは、テキストを読んでいる自分自身に注目し、自分の生命現象を伝えようという「表現」に主眼を置いたもの。

どちらがいいという話ではないが、現代朗読においては後者のアプローチをとっており、そちらに興味がある方においでいただきたいと思っている。

そんな話(ひさしぶりにした)のあと、身体や呼吸に注目して、いまこの瞬間の自分自身の生命活動をとらえる練習。
そして、「何かを読んでいる自分の状態を緻密に観察する」練習。
といっても、これはそう簡単にだれでもできることではない。

やってみればわかるが、我々現代人は本当に自分の身体が見えなくなっている。
いやそんなことはない、ちゃんと見えている、という人は、たいてい、見えている気がする、見える感じがする程度のもので、表現行為に使えるクォリティの感受がある方はまれだ。

このバーチャルな「感じ」はマインドフルネスや自己共感の質も落とすことがある。
現代朗読の練習は、朗読という簡単な行為を通じて自分を緻密に見るトレーニングでもある。
朗読表現に興味がない人にも有効なのだ。
朗読に興味がある人には、ここからさらに自分自身の生命活動に直結した表現行為へと進んでいくスリルがある。

私自身にもやりたいことがある。
群読と音楽を融合させたコンテンポラリー・リーディング「ウェルバ・アクトゥス」に再挑戦したい。
まだだれも見たことのないようなライブパフォーマンスを作ってみたい。
そのためにはもう少し仲間がほしい。
それは特別なパフォーマーじゃなくてもよく、ごく普通の、ただし自分の存在の可能性にチャレンジしてみたいと思っている人が望ましい。

うれしいことに、昨日の初参加の人は私の考えかたややり方に共感してくれ、さっそくゼミ生の仲間になってくれた。
ここからふたたび始まる。

6月開催:現代朗読ゼミ(6.17)
約1年間のお休みをいただいていた現代朗読ゼミが、内容と方向性をあらたにリニューアルオープンしました。6月の開催は17(土)/22(木)/25(日)/29(木)、いずれも10時半から約2時間。

2017年6月12日月曜日

イベントもりもり週末、です

昨日から月例の北陸実家帰省中。
昨日は福井の母の施設に寄ったあと、同志社大学のみなさんの集いに出て、演奏と講演をやらせていただきました。
今日は実家での音読カフェを終えたところです。

実家滞在からは木曜日に東京に戻りますが、その日は下北沢〈かまいキッチン〉の共感カフェ。
今回の担当は野々宮卯妙です。

金曜日・16日のお昼は、国立古本カフェ〈門〉で「もけごはん付き共感カフェ」です。
どなたも気軽においでください。

その夜は国立春野亭またはオンラインで共感サロンです。
基本的にサロンメンバー専用の勉強会ですが、サロンメンバーがまだ少ないので、メンバー以外の方も歓迎です。
興味のある方はサロンメンバー参加を前提にしたお試し参加でお願いします。
直接おいでいただくも、オンラインで参加いただくも、ご都合のよい方法でどうぞ。

これは翌土曜日・17日の16時からも開催します。

その17日の午前10時半からは現代朗読ゼミを開催します。
朗読という敷居の低い、しかし奥の深い表現行為を通じて、自分自身を知る・つながることを稽古したり、あたらしい表現への挑戦を試みたりします。
単発体験参加歓迎です。

その夜は19時から身体文章塾です。
今回のお題は「耳」です。
単発体験参加歓迎。

日曜日・18日の午後は烏山区民センターで世田谷韓氏意拳初級講習会があります。

盛りだくさんな週末となっています。
チャンスがある方、どこかでお会いできるとうれしいです。

2017年6月9日金曜日

個人セッションを受けた方がブログに紹介してくれた

グループセッションのほかに、個人的に音楽レッスンや個人セッションをお受けしているが、昨日は音読療法と共感的コミュニケーションについての個人セッションをおこなった。
受けてくれたのはみかこさんという方で、以前、音読カフェに参加してくれたことがあって、そこから興味を持っていただいたそうだ。

対人援助職についておられるそうで、お仕事にも活かせる共感的コミュニケーションについてお伝えした。
さっそく自分のブログにそのことを紹介してくれた。
ありがとう。
みかこさんのブログ記事はこちら

ご夫婦で音楽活動もされていて、みかこさんの夫のブログもまた素敵なんだな。
ちなみに、私が日本語ネイティブで書いた、より読みやすい本があって、それはこちら。



アマゾンKindleで電子書籍としても出てます。

2017年6月8日木曜日

健康のためと思って作ってあげた野菜ジュースを飲んでくれない

家族の健康を願わない人はいません。
共感サロンで聞いた話です。
ある女性の方が家族の健康のために野菜ジュースをせっせと作っていて、小学生の息子にも飲んでもらいたいと思っています。
ところが、息子は飲んでくれる日もあるけれど、飲んでくれない日もあったりします。

先日も「いらない」といわれたけれど、飲んでもらいたくて「ここに置いておくね」とテーブルの上に置いておきました。
結局、息子さんは飲んでくれたんですが、なんとなくもやもやが残ってしまった、という話でした。

彼女は息子の健康を大切にしていて、彼がすこやかに育つこと、健康であることで、自分の安心のニーズが満たされます。
また彼のすこやかな成長に貢献したい、母として役に立ちたい、というニーズもあります。
なので「野菜ジュースを飲んでほしい」と思うわけです。

ここで大切なのは、息子が野菜ジュースを飲んでくれる、というのは彼の健康に貢献する「手段」のひとつにすぎない、ということです。
彼が健康であるためには、すこやかに成長するためには、野菜ジュースを飲むことが必須条件ではありません。
しかし、いまその手段に執着して、彼に「野菜ジュースを飲んでほしい」と迫っている態度をしてしまっているとき、それは彼にとって「強要」と感じてしまうでしょう。

彼もまた、自分の健康は大切だし、できればお母さんのリクエストにこたえたい(だからテーブルに置かれたジュースをしぶしぶながらでも飲んだのでしょう)のですが、強要されてはすなおにそれを受け入れにくくなります。

もう一度お母さんのニーズにつながりなおしてみると、
「自分は息子の健康に貢献したい、だから健康に貢献できると思っている野菜ジュースを喜んで作っている」
ということに気づきます。
つまり、自分のニーズを満たす喜びをもって野菜ジュースを作っているわけです。

野菜ジュースが息子に拒否されたとしたらそれは残念なことではあるけれど、きっと息子にもなんらかのニーズがあったのでしょう。
また、もし受け入れられたとしては、それはさらにうれしいこととなります。

ということは、とても簡単な解決策として、野菜ジュースを作る前に息子に、いまそれを飲む気があるかどうか確認してみればいいのです。
つまり、息子のニーズも尊重できるかどうか、です。
息子が、自分のニーズが尊重されていると感じたら、きっとお母さんのニーズも尊重したり、目を向けたりできるでしょう。
飲みたくなければそういってくれるし、飲みたいときには「お母さんは自分の健康を気遣ってくれてるんだな」ということに気づくかもしれません。

「お母さん、いま野菜ジュースを作ろうと思ってるんだけど、いま飲む気ある?」
「いいよ」
この確認のあとに野菜ジュースを作るのは、なんと心楽しいことでしょうね。

6月開催:水城ゆう共感サロン(6.10)
共感的コミュニケーションの勉強会をあらたに〈共感サロン〉としてリニューアルオープンします。6月の開催は10(土)18時/6月16(金)19時/17(土)16時/23(金)19時/24(土)16時、いずれも約2時間。

2017年6月7日水曜日

美を追求したい、その美とはなにか

人の普遍的なニーズになかに「美のニーズ」というものがある。
だれしも「美」をもとめる気持ちがある、ときにはそれは強い必要性となってその人の行動や、人生すら決定することもある。

これまであまり深く美のニーズについてかんがえたことはなかったかもしれない。
かんがえたとしても、せいぜい、
「最近太ってしまった。すこし痩せなきゃ。これは美のニーズがあるからだな」
とか、
「バッハが好きなのは、整然と構築された音の世界に美を見るからだな、きっと」
という程度のものだった。

しかし最近気づいたのは、自分の生き方というか人生そのものにも、美のニーズがあるということだ。

すっきりした部屋に住みたい、とか、贅肉を落としたい、とか、持ち物を少なくしたい、とか、姿勢をよくしたい、とか、規則正しい生活をしたい、とか、ミスタッチなくピアノを弾きたい、とか、嘘いつわりなく毎日をすごしたい、とか、人間関係を大切にしたい、とか、きりがないけれど、かなり多くの願望が美のニーズに接続しているような気がする。
というより、美のニーズからは多くの枝分かれがあって、その先にもそれぞれ細かな美のニーズがたくさん葉を広げているような感じ。

とくにこの歳になり、残り時間を気にするようになってくると、それらのニーズがいちいち立ちあがってくる。
しかし、自分がこれまですごしてきた人生の時間は後戻りできないし、すでにやらかしてしまったことは消去することはできない。

いや、本当に消せないのだろうか。
記憶を消すことはできないというけれど、そもそもそれは記憶にすぎず、脳内イメージといっていい。
つまりそれは、いまこの瞬間には存在していないもので、私の脳内にイメージとしてこびりついているものにすぎない。
捏造されてすらいるかもしれない。

自分が過去にしでかしたことをくよくよして前に進めないでいるより、いまこの瞬間の美のニーズにつながって、いまどうありたいのか、どうしたいのかをクリアにして進んでいきたい。
たしかに過去はそんな私の背中にずるずるとしがみついて私を引きもどそうとするだろう。
それはそれで向かいあう必要がある。
それらと縁を切るためには、いまなにができるのか、ということだ。
それだって美のニーズから生まれている。

そうかんがえたとき、さて私はこれから、なにをするのだろう。
どんなものを作るのだろう。
なにをいったり、演奏したり、表現したりするのだろう。
あるいはなにを「しない」のだろう。

自分とつながるテキストライティングWS(6.10)
いまの時代こそ表現の根本である「ことば」が重要であり、私たちは自分自身を語ることばを獲得する必要があります。それを模索するワークショップを6月10日(土)に国立で6時間にわたって、じっくりとおこないます。

2017年6月6日火曜日

7月11日:国立・韓氏意拳初級講習会

国立での駒井雅和中級教練による韓氏意拳の会員向け初級講習会、2017年7月のお知らせです。

◎日時 2017年7月11日(火) 14:00〜16:30
◎参加費 3,500円(講習会費、会場費、講師交通費を含む)
◎場所 国立駅から徒歩5分の会場
◎持物 動きやすい服装・筆記用具・メモ

参加予約はこちらから。

もしくは直接私・水城まで、あるいは現代朗読協会コンタクトフォームからお知らせください。 

2017年6月4日日曜日

朗読のなにがすごいのか

私自身は朗読しないくせに、ずっと前から「朗読はいいよ」「朗読にはまだだれも知らない可能性があるんだよ」といいつづけてきたのは、ちゃんとわけがある。

私が朗読というものに真正面から出会ったのはまだ20代なかばのころで、ピアノの教師をしたり、地元のラジオ番組の制作にかかわったりしていた。
そのとき、ラジオ番組で知り合ったナレーターと意気投合して、朗読とピアノでライブセッションをやることになった。
榊原忠美というその人はプロのナレーターではあったけれど、自分の本職は役者だと思っていて、朗読も本の内容を伝える伝達的なことよりも、くっきりとステージ表現の延長線上にとらえていた。

というようなことはいまから思えばわかることだが、朗読を自分を表現するための行為ととらえている人はあまり多くない。
その証拠に、私とセッションしても、まるでこちらの音を聴いていなかったり、ひどいときには「声が負けるので音を小さくしてもらえませんか」と、伴奏者に徹するように要求されることがある。
つまり、本の内容を「伝達」することに主眼が置かれているし、あえていえば本の内容を正しく美しく伝達している自分自身を見てもらいたいという一種の「イメージ」があるのだ。
まあそれだって、聴く人には伝わってしまうわけだが。

私たちは生まれたときからずっと「ことば」を使う練習をしつづけてきた。
事情がある人は別として、たいていは本があればそれを声に出して読みあげ、人に伝えることができる。
つまり、ほとんどの人が朗読者としてすでに十分に訓練を積んでいるといっていい。
しかし、表現行為として自覚的にそれを行なっている人はどのくらいいるだろうか。

いざ朗読を表現行為ととらえてそこに向かってみたとき、多くの人は愕然とするだろう。
実際にそういう姿を私はたくさん見てきた。

自分はいったいこれをどう読めばいいのか。
どう読みたがっているのか。
これを読むことでなにが伝わるのか。
自分自身を朗読で表現するときどういうことなのか。
朗読する自分になにが起こっているのか。
どうすれば魅力的な朗読ができるのか。
どうすれば朗読で自分自身を伝えることができるのか。

これらの問いをあくことなく立てつづけてきたのが、現代朗読である。
ごく普通のサラリーマンや主婦や、現役を引退された高齢の方や、若い学生や、役者や音楽家や絵描きや詩人が、朗読という表現行為試みてみたとき、表現者としてのむきだしの自分自身に向き合うことになる。
なにしろ普段なにげなくだれもがおこなっていることを、あらためて表現行為ととらえて立ち向かってみたとき、自分自身の多くの問題や可能性がめらめらと洗いだされてくるのだ。

だれもがいますぐ始められて、しかし困難にぶつかり、自分自身の問題解決を迫られ、表現と自分の世界の深遠さを垣間見て震えあがる、それが朗読という表現行為の持つ仕掛けなのだ。
ここを一度通過してみることで、表現者はもとより、表現を日常的におこなっていない人も、まだ見たこともない自分自身を知ることになるだろう。

だから私は、だれにでも、朗読をやってみることをしつこくすすめているのだ。

6月開催:現代朗読ゼミ(6.8)
約1年間のお休みをいただいていた現代朗読ゼミが、内容と方向性をあらたにリニューアルオープンしました。6月の開催は8(木)/17(土)/22(木)/25(日)/29(木)、いずれも10時半から約2時間。

2017年6月1日木曜日

ハイテク生活はどこまでイケるのか

PC-8801ノーマークからのデジタルハイテク生活36年のロートル水城です。
この間のテクノロジーとデジタル機器の進展には驚くばかりでしたが、ここに来てさらに目をみはるようなことが立てつづけに起こっています。
しかもこの手元で。

今年2017年のIT業界のトピックは、なんといっても、人工知能(AI)の目覚ましい進化ではないでしょうか。
将棋のプロ棋士を軽々と凌駕したかと思えば、あと何年もかかるといわれていた囲碁までをも席巻しています。

また「おばか知能」の代名詞でもあった「機械翻訳」も、ディープラーニングによる人工知能みずからが驚異的なスピードで学習・成長していくことで、みるみる実用レベルになってきています。
たぶん来年くらいには、
「昔は膨大な時間を使ってわざわざ外国語を習ってたらしいよ」
みたいなことになると思われます。

私は小説を書く人間なので、自分の書いた日本語の小説が世界の人に読んでもらえないことがけっこう大きな痛みでしたが、ここにいたって希望が出てきました。
私の書いたものがちゃんと読める英語やドイツ語やフランス語やスペイン語に翻訳されるなど、それこそクリックひとつであっという間に実現することでしょう。

音声認識も相当なものです。
iPhoneに向かって普通にしゃべれば、たちまちそれはテキストデータに変換されます。
つまり口述筆記です。
私はキーボードを打って文章を書くことに慣れていますが、そのうちキーボードなどとという面倒なインターフェースはなくなってしまうかもしれません。
いまのうちから口述でテキストを書く練習をしておこうと思っています。

テキストデータに変換された「口述」つまり「私のことば」は、たちどころに諸外国語に変換されて、世界中から検索できるようになります。
おもしろいお話を書くので、アニメとか映画の原作に使ってね。

車も自動運転にもうすぐなります。
これもやがて、
「昔はニンゲンが自分で運転してたらしいよ。あぶねー。アクセルとブレーキを踏みまちがえたらどうするんだ」
みたいな話になるかもしれません。

もちろんいいことばかりではありません。
そのような世界がやってきたとき、私たち生身の人間はいったいなにを問われるのか、ということです。
向き合うべきことがたくさん出てくるでしょう。
だから私は、ハイテク機器の使いこなしはもちろん、自分自身のからだのことももっともっと知りたいと、日々稽古を重ねているのです。

6月開催:身体文章塾(6.4)
このたび水城ゼミの一環として「朗読ゼミ」や「共感サロン」とも連携することになりました。6月の開催は4(日)/17(土)/25(日)、いずれも19時より約1時間半程度です。

2017年5月31日水曜日

ベーシックメンバー用のコンテンツ準備中

先日から怒涛の勢いでオンラインNVC講座をがんばっている献ちゃんと、それをサポートしている野々宮、そしてのぞみさんを連れて、車で献ちゃんおすすめの小平市の中国麺屋〈なにや〉に行ってきました。
すばらしいね、ここ。
おいしかったな。

今日は、明日からのオープンに備えて、閲覧し放題サービス用の私のコンテンツの整理をしています。
電子書籍をピックアップしてみたんだけど、こんなにありますよ〜。
まだまだ追加する予定です。
とりあえず、明日公開分。

共感的コミュニケーション2017
マインドフル練習帳1
マインドフル練習帳2
マインドフル練習帳3
マインドフル練習帳4

【短編集】
子どものころの七つの話
祈る人1 彼女が神様だった頃
祈る人2 今朝の蜜蜂は羽音低く飛ぶ
祈る人3 アンリ・マティスの七枚の音
祈る人4 青い空、白い雲
祈る人 5舞踏病の女

【ハウツー/ノンフィクション】
仕事をやめたいと思ったときに――共感ハンドブック Vol.1
ジャズの聴き方 JAZZ BIBLE
現代朗読考
デジタル出版で生きて行く
オーディオブックの真実

【長編小説】
ストリーム
桟橋
秘密

月額1,000円ですべてのコンテンツを閲覧し放題の「ベーシックメンバー」は、こちらからどうぞ。 

こんなふうに使おう、水城ゼミ

いよいよ明日・6月1日から水城ゼミがスタートします。
といっても、いつでも途中入りできますが。

まずスタートするのは、ベーシックサービスです。
これは私・水城ゆうが製作したコンテンツすべてが、月額1,000円で読み放題、見放題、聞き放題になるという、定額サービスです。
まずこちらを登録して「様子見」してから、ゆっくりと各ゼミに進んでいくことをおすすめします。

ベーシックの様子見もためらうという方は、まず無料メールマガジンを登録してみてください。
そちらでは水城ゼミでどんなことがおこなわれているのか知ることができますし、オリジナルの読み物も流す予定なので、楽しんでいただけます。
無料メールマガジンの登録はこちらから。

さて、水城ゼミにはみっつの柱があります。
「共感サロン」
「身体文章塾」
「現代朗読ゼミ」

共感サロンは、これまでおこなってきた共感カフェの延長線上にあって、共感的コミュニケーションに興味がある方におすすめです。
そしてある程度固定されたメンバーで継続的に学んでいくことで、理解を深め、本当に「使える」ようになりたいという人におすすめです。

月に6回の参加機会を作っていますが、もちろんすべてに出る必要はありません。
都合のつくところだけ、そして都合のつく時間に参加してください。
今月はこの日の1時間しか参加できない、というようなことでもかまいません。
だれがサロンメンバーなのかみんながわかっていることで、安心・安全の場を作りたいというねらいがあります。

今月は1回しか出られなかったので参加費が損する、無駄になる、というような考えが生まれてしまう人は、私に相談してみてください。
なにかいい方法がないかいっしょに検討してみてもいいですし、そもそもそのような考えがなぜ出てくるのか共感してみるのもいいでしょう。

表現に興味がある人は、身体文章塾か現代朗読ゼミがおすすめです。
文章塾は静的表現、つまりリアルタイムではない間接的な表現を扱います。
しかし、ここでも自分自身とのつながりや、身体感覚がとても大切なのです。

朗読ゼミは動的表現、つまりリアルタイムに時間軸にそっておこなわれる表現をあつかいます。
音楽やダンスや演劇も動的表現です。
朗読というだれにでもできる動的表現は、しかしあまり表現行為としてはとらえられることがなく、まして現代アートとしてアプローチする人はまずいません。
しかし、まぎれもなく朗読は表現行為ですし、現代アートとしての大きな可能性を持っています。

いずれにしても、表現は自分自身とのつながりや身体性が重要なことはたしかで、どちらも身体トレーニングや身体観察の練習をともないます。
このトレーニングは日常生活における人のありようを大きく変える可能性もあります。
現に私自身は身体トレーニングをおこなうようになってから、文章表現も音楽演奏も変わっただけでなく、日常の見え方や、生きている感じそのものが大きく変わったと実感しています。

まずほかではやっていないユニークなトレーニングや考え方が、水城ゼミにはあると自負しています。
このようなことに興味がある方は、まずは体験参加してみられることをおすすめします。
みなさん、お待ちしてますよ!

水城ゼミについては、こちらから。

水城ゼミの各スケジュールは、こちら

2017年5月30日火曜日

音読療法の仲間と活躍の場の広がり

金曜日の夜から土曜日にかけて、音読トレーナー養成講座とボイスセラピー講座をおこないました。
音読トレーナー養成講座は、2泊3日の合宿形式で開催する予定だったのが、キャンセルが出たり、参加者の都合で、前半の1泊2日の部分のみをおこないました。
後半は後日あらためて、ということになりました。
ボイスセラピー講座のほうは無事に終了しました。

このところ、急速に音読療法の活躍のチャンスが広がってきているように感じています。
以前からそれは予想していて、しきりにみなさんに呼びかけたりしていたんですが、私の説得力が不足なのか、なかなか音読療法に関心を持ってもらうことがむずかしいなと感じていました。
ところが、最近、世の中の流れが徐々に変わり、音読療法のニーズが高まってきたように感じます。

ひとつには、相変わらず都市部に集中していく人と経済のながれのなかで、地方における高齢化社会の進展の問題があります。
同時に、都市生活や極度な経済至上主義の社会に失望したり疲れたりした人々が、若い人も含めて逆に地方を見直そうという動きもあります。

今回の講座でも、参加者のひとりは、近く両親が住む離島へと移住する計画をすすめている人でした。
パーマカルチャーやエネルギーシフト、トランジション・タウンといったことに興味を持っていて、田舎でそれを試してみたいと同時に、地域社会に貢献的にかかわる手段として音読療法が最適だと感じて、音読トレーナー資格を取りに来てくれたのです。

たしかに、音読トレーナーになれば、いま地方でもっとも求められている「介護予防」などの事業に協力する余地があるし、また自分でも音読カフェなど地域コミュニティのつながりや活性化に貢献できる「手段」を持つことができます。
実際に音読トレーナーのひとりで北海道の弟子屈町に住んでいる藤原直美は、地元の人材バンクからの派遣で介護予防や高齢者介護施設での音読ケアワークにたずさわっているし、自分でも音読カフェを開催しようとしています。
地元の人たちととても密接につながり、貢献し、自分自身もまたやりがいを見出していきいきと活動しているようすを知らせてもらって、私も大変うれしいのです。

もちろん、都市部でも活躍の余地はたくさんあります。
音読カフェだって、自宅や公共施設や、カフェ営業の一画をお借りして開催することは楽しいだろうと思います。
私も自分でくにたち春野亭で毎月開催しています。

今回なによりうれしかったのは、ボイスセラピー講座の受講者や音読トレーナー資格をめざす人たちが、おたがいにつながり、仲間となって、音読療法の普及に協力しあってくれるだろうという姿を見ることができたことです。
オーガナイザーの私としても、できるかぎりのサポートや協力を惜しまずにしていきたいと思います。

近く、今回やり残した音読トレーナー養成講座の後半を開催しますし、来月・6月24日(土)にはボイスセラピー講座があります。
また、参加者のタイミングが合えば、近いうちにまた音読トレーナー養成講座を開催したいとも思っています。

くにたち春野亭での音読カフェは6月5日(月)夜の開催です。
まずは音読療法をちょっと知りたい、体験してみたいという方は、こちらへの参加をおすすめします。

6月5日:音読療法協会の音読カフェ(6.5)
ボイスセラピーの手法を用いつつ、お茶を飲んだり共感的に対話しながら進める心身調整健康法を実践する場を、音読療法協会主催で開いています。6月の開催は5日(月)19時半からです。

YouTube:われらが身体文章塾のホープ・知念満二氏に聞きました

水城ゼミのひとつ「身体文章塾」に昨年2016年から参加して、驚愕の作品群を嵐のように送り出しつづけている沖縄在住の書き手・知念満二氏が東京にやってきたのをつかまえて、インタビューをおこないました。

書くことや音楽をプロデュースすることなど、びっくりするようなエピソードとともにお話をうかがいました。

映像はこちら

知念氏が参加している身体文章塾に興味がある方は、こちらをご覧ください。

6月18日:世田谷・韓氏意拳初級講習会

世田谷での韓氏意拳の初級講習会、2017年5月のお知らせです。

◆講師 内田秀樹師

◆日程 6月18日(日)
13:00~15:30 (初級教程・体験可)
16:00~18:30 (初級教程・会員限定)

◆会場 烏山区民センター
◆会場 京王線 千歳烏山駅北口徒歩1分

◆定員 10名
◆会費 1コマ 3500円 / 2コマ 6500円
◆持物 動き易い服装、筆記用具

※お申し込みはこちら

2017年5月29日月曜日

日々のニーズをさがす気楽な練習方法

先週木曜日は毎月恒例の下北沢〈かまいキッチン〉での共感カフェでした。
だいたいにおいて共感カフェの参加者は女性が多いんですが、男性がふたり参加されていて、うれしかったです。
そして昨日は、だいたいにおいて男性は「バカである」傾向が強い、ということを苦笑しながらも確認しあったのでした。

なにが「バカ」なのかというと、たとえば妻から、
「今日は仕事が大変でとっても疲れたのに、これからご飯を作らなきゃならないなんて」
という愚痴めいたことを聞かされたとき、だいたいは即座に、
「だったらやらなくてもいいよ」
とか、
「休めばいいじゃん」
などと、提案したりアドバイスしたりしてしまうのです。
しかし、妻はただたんに聞いてもらいたい、自分の大変さを理解してもらいたいだけだったりします。
アドバイスがほしいわけではないので、夫がそのような反応をするとたいていはムカッとしてしまうのです。

相手のニーズに目を向けるかわりに、手段に頭が向いてしまう。
それが「バカ」であるゆえんです。
それはまあ、夫側にもニーズがあって、おそらくは妻の役に立ちたいとか、妻が楽になることによって自分が安心したいのでしょう。

そんな話から、日常生活のなかでいつも自分や相手のニーズを推測したり、つながったりする練習をするのがむずかしい、という話になりました。
そこで、ごく簡単に、いつでもできるニーズを見つける練習方法を提案してみました。

ひとつは、財布に一枚や二枚ははいっているだろうレシートを使う方法。
今回もひとりの方にレシートを出してもらい、一番上にプリントされている品名を教えてもらいました。
それは「トイレットペーパー」でした。

さて、トイレットペーパーを買った「そのニーズ」はなんでしょう、ということです。
清潔のニーズでしょうか、快適さのニーズでしょうか、安心・安全のニーズでしょうか、ゆとりのニーズでしょうか。

このように、レシートを見て、それをなんのニーズで自分が買ったのか、見てみる練習ができます。

また手帳の「TODO」リストもニーズを見る練習になります。
「午前8時までに燃えるゴミを出す」
という「やらなきゃならない」ことが書いてあったとしたら、それはなんのニーズを満たすためにやろうとしているのか、見てみます。
清潔のニーズでしょうか、快適さのニーズでしょうか、秩序のニーズでしょうか。

人のあらゆる言動には、すべて、ニーズがあります。
ニーズがあって行動したり、なにか表現したりしているのです。
その言動はすべて、自分のニーズを満たすための手段としておこなっていることなのです。
ここを明らかにすることによって、自分の言動に客観的理解が生まれ、また明確さや力強さが生まれます。
なんとなく「やらなきゃ」と思ってやっていることと、ニーズにつながって「やりたい」と思ってやっていることとでは、まったく言動の質が違ってくるのです。

昨日の共感カフェでは、初めてお会いする人が多かったんですが、そういう人に私なりの共感的コミュニケーションを伝えるのはわくわくします。
と同時に、一度来てくれた人がまた来てくれて、できれば継続的に学びを深めていってくれることも喜ばしいと思っています。
そのために、共感サロンというシステムを用意しました。

継続的な学びのなかで、共感的コミュニケーションの理解とスキルのクオリティを高めていきたい、お互いに学びあいたい、仲間とともに高めあいたい、という思いがある方は、ぜひ私の共感サロンに参加してみてください。
深く学び、それを自分の仕事や生活に生かしていく方法を、いっしょに考えてみましょう。

6月開催:水城ゆう共感サロン
共感的コミュニケーションの勉強会をあらたに〈共感サロン〉としてリニューアルオープンします。6月の開催は5(月)11時/10(土)18時/6月16(金)19時/17(土)16時/23(金)19時/24(土)16時、いずれも約2時間。

2017年5月25日木曜日

6月22日:国立・韓氏意拳養生功講習会

国立での駒井雅和中級教練による韓氏意拳・養生功の韓氏意拳学会公認講習会、2017年6月のお知らせです。

◎日時 2017年6月22日(木) 19:30〜21:00(ショートクラス)
◎参加費 2,500円(講習会費、会場費、講師交通費を含む)
◎場所 国立駅から徒歩5分の会場
◎持物 動きやすい服装・筆記用具・メモ

参加予約はこちら「韓氏意拳学会公式フォーム」から。
もしくはこちらのフォームから。

2017年5月24日水曜日

発表します・その5:プレミアムメンバーについて

これが最後の発表となります。

水城ゆうの有料コンテンツおよび定期開催イベントのすべてにアクセスできるのが「プレミアムメンバー」です。
提供するものは大きく分けて「ベーシックメンバー」と「水城ゼミ」があります。

「ベーシックメンバー」は、水城ゆうがこれまでに発刊したすべてのコンテンツ(音声・音楽・動画を含む)、およびこれから配信するすべての有料メルマガとコンテンツを、自由に読んだり見たり聞いたりできるサービスです。

「水城ゼミ」は現在、3本の柱があります。
「共感サロン」「身体文章塾」「朗読ゼミ」です。

これらすべてを月額1万円で利用できるのが「プレミアムメンバー」です。

参加申し込みはこちらから。

水城ゼミ全体のスケジュールはこちらのカレンダーから確認できます。

発表します・その4:共感サロンについて

私・水城ゆうは2012年ごろから共感的コミュニケーションの勉強会「共感カフェ」を接触的におこなってきました。
心がけたのは、とにかく多くの方に共感的コミュニケーション/NVC(=Nonviolent Communication/非暴力コミュニケーション)について知っていただいて、いっしょに練習できる仲間を増やすために、学びの場をオープンにすることでした。

だれでも出入りできる街のカフェ、私自身の活動拠点(羽根木の家やくにたち春野亭)、個人宅や公共スペース、企業や任意団体など、私自身も学びの場作りをしましたし、そのような場を作ってくれる方に呼ばれればどこへでもうかがってきました。
それはいまもつづいていますが。

オープンスタイルで場作りをしてきたことで、多くの人と出会い、また仲間も増えました。
さまざまな事例にも出会い、それらは私の本『共感的コミュニケーション2017』などに結実しています。
これまで参加してくれた方々には心から感謝します。

最近は共感的コミュニケーションを学ぶ場もずいぶん増えてきました。
なかには私の共感カフェで育っていった方や、インスパイアされて自分もやってみようとはじめた方もいて、うれしいかぎりです。
なので、私の「多くの方に知っていただくという」という役割はそろそろ終わりにしてもいいのではないかと思います。

いま私が向かいたいのは、すでにいる仲間や、あらたに来られる方も含めて、「継続的な学び」を通して学びのクオリティを高めていきたい、という方向です。
共感的コミュニケーションを理解するだけでなく、身につけ、実践的に使えるようになり、また自分自身も共感的世界を生きるようになっていける人たちが、学びのクオリティを追求できる場を作りたい、と思っています。

とくに「自分につながる」こと、「マインドフル」に気づきつづけていること、いつも「活体」でいきいきとあること、などを追求していきたいと思っています。
それは私自身の学びの場でもあります。

そこでこのたび、共感カフェから一歩踏みこんで、「水城ゆう共感サロン」として、クローズドなメンバー制によるスタイルをとることにしました。

クローズドメンバーにすることによって、継続的に学ぶことによる深まりと同時に、メンバー同士のつながりや、学びの安心・安全も確保できます。
メンバー同士が信頼しあって練習しあえることをめざします。
興味のある方はぜひ参加してみてください。

以下、募集要項をお読みください。

◎名称
水城ゆう共感サロン

◎内容
月に6回のサロンを開催します。
サロンは共感的コミュニケーションの継続的な学びの場として開催されます。
平日3回、土日3回、それぞれ約2時間程度を予定しています。
サロンメンバーはそのすべてに自由に参加できます。

◎その他の特典
サロンメンバーは、水城ゆうの有料メルマガとコンテンツ(電子書籍、音楽、講座ビデオ、映像など)のすべてを読み放題、聴き放題、見放題となるベーシックメンバーの権利も、同時に有します。
また、月に1回、水城との個人セッションを無償で受けることができます。
ベーシックメンバーの詳細はこちら

◎参加方法
くにたち春野亭に直接来ていただくか、zoomというネット会議システムを使ってのオンライン参加が可能です。
オンラインはパソコンのほか、スマートフォンやタブレット端末など各種OSにも対応しています。

◎参加費 月額6,000円
クレジットカード、PayPal、銀行振込、現金での直接決済から都合のよい方法をお選びください。

◎参加申し込みはこちらから。

◎その他、お問い合わせも上記フォームからどうぞ。
身体文章塾、朗読ゼミも合わせてご利用ください。
身体文章塾の詳細はこちら
朗読ゼミの詳細はこちら

これらすべてに参加できるプレミアムメンバー(月額1万円)もあります。
プレミアムメンバーの詳細と特典はこちらをご覧ください。

◎2017年6月の開催予定
 6月5(月)11時/10(土)18時/16(金)19時
 17(土)16時/23(金)19時/24(土)16時
 いずれも約2時間
 5日と10日はサロンメンバー以外も参加できるオープン枠です。

水城ゼミ全体のスケジュールはこちらのカレンダーから確認できます。

発表します・その3:身体文章塾について

毎月3回のペースで定期開催しているインターネット時代を見据えた文章塾です。
あつかうテキストは小説、エッセイ、詩、ブログ記事、その他なんでもありですが、基本はテキストで自分自身を伝えるための「テキスト表現」についてみんなでかんがえ、学ぶ場です。
とくにオリジナリティを重視していて、いかに自分らしいテキスト表現を獲得するかを目的のひとつに据えています。
そのために身体性とむすびついたことば、文章をさがすこと、生身の感触がある文体をどうやって見つけるか、さまざまな試みをつづけています。

毎回「お題」が出され、それにそって書いた短文をあつかいますが、それとは別に独自に書いたものがあればそれも扱います。
ユニークな作品は機関誌『HiYoMeKi』に収録され、一般に配信・公開されます。

案内役は小説家でピアニストの水城ゆうです。
アマゾン検索でたくさんの著書が出てきますので、参考にしてみてください。

◎名称
身体文章塾

◎内容
月に3回開催します。
開催は日曜日の夜、もしくは土曜日の夜になります。
塾メンバーはそのすべてに自由に参加できます。
機関誌『HiYoMeKi』を発刊するほか、他流試合としてさまざまなコンテストに挑戦することもあります。

◎その他の特典
塾メンバーは、水城ゆうの有料メルマガとコンテンツ(電子書籍、音楽、講座ビデオ、映像など)のすべてを読み放題、聴き放題、見放題となるベーシックメンバーの権利も、同時に有します。
また、月に1回、水城との個人セッションを無償で受けることができます。
ベーシックメンバーの詳細はこちら

◎参加方法
くにたち春野亭に直接来ていただくか、zoomというネット会議システムを使ってのオンライン参加が可能です。
オンラインはパソコンのほか、スマートフォンやタブレット端末など各種OSにも対応しています。

◎参加費 月額6,000円
クレジットカード、PayPal、銀行振込、現金での直接決済から都合のよい方法をお選びください。

◎参加申し込みはこちらから。

◎その他、お問い合わせも上記フォームからどうぞ。
共感サロン、朗読ゼミも合わせてご利用ください。
共感サロンの詳細はこちら
朗読ゼミの詳細はこちら

これらすべてに参加できるプレミアムメンバー(月額1万円)もあります。
プレミアムメンバーの詳細と特典はこちらをご覧ください。

◎2017年6月の開催予定
 2017年5月7(日)/21(日)/28(日)
 いずれも19時より約2時間程度

水城ゼミ全体のスケジュールはこちらのカレンダーから確認できます。

発表します・その2:現代朗読ゼミについて

水城ゆうの現代朗読ゼミ、再起動します。
ただし、いろいろなことを微妙に軌道修整し、向かう先もすこし変わっています。

2006年に現代朗読協会を立ちあげ、以来、インディペンデントな表現集団として数多くの実験と実践を積み重ねてきました。
多くの実績を残しながら、協会の「維持」に向かってしまった結果、自分自身の表現ニーズをおろそかにしてしまったという反省が、いまあります。
いまあらたに、「だれも試みたことのないステージ表現」「まだだれも見たことのないあらたな表現」をめざして、再スタートします。

現代朗読協会時代にようやくたどりついた「あらたな朗読表現の地平」は、ゴールではなく、スタート地点だったのです。
そこから再スタートです。

そのために、参加メンバーには各自がもともと持っている能力の最大限を引きだしてもらう必要があるし、またともに成長していただきたいと思っています。

私の持論ですが、オリジナルで斬新な表現をするには、自分自身になにか付け加えるのではなく、本来持っている自分自身の能力を発揮するだけでいいのです。
本来、すべての人は独自性を持っている、オリジナルな単体です。

「本能を発揮する」
これは、
「本来能力を発揮することを邪魔しない」
といいかえることができます。

参加メンバーがその稽古をするための道すじを用意しています。
それはまた、私自身の道すじでもあります。
ともに、あらたに、未開の表現世界に歩みを進める仲間を、ここに求めます。

◎名称
水城ゆう現代朗読ゼミ

◎内容
月に6回開催します。
平日3回、土日3回、それぞれ約2時間程度を予定しています。
年に数回のステージ公演をおこないます。
また、ネットコンテンツ(オーディオブックや映像作品)の製作もおこないます。

◎その他の特典
塾メンバーは、水城ゆうの有料メルマガとコンテンツ(電子書籍、音楽、講座ビデオ、映像など)のすべてを読み放題、聴き放題、見放題となるベーシックメンバーの権利も、同時に有します。
サロンメンバーはそのすべてに自由に参加できます。ベーシックメンバーの詳細はこちら

◎参加方法
くにたち春野亭に直接来ていただきます。

◎参加費 月額6,000円
クレジットカード、PayPal、銀行振込、現金での直接決済から都合のよい方法をお選びください。

◎参加申し込みはこちらから。

◎その他、お問い合わせも上記フォームからどうぞ。
共感サロン、身体文章塾も合わせてご利用ください。
共感サロンの詳細はこちら
身体文章塾の詳細はこちら

これらすべてに参加できるプレミアムメンバー(月額1万円)もあります。
プレミアムメンバーの詳細と特典はこちらをご覧ください。

◎2017年6月の開催予定
 6月3(土)/8(木)/17(土)/22(木)/25(日)/29(木)
 いずれも午前10半から約2時間

水城ゼミ全体のスケジュールはこちらのカレンダーから確認できます。