2017年8月22日火曜日

音読こくご塾2017が終了

音読療法と共感的コミュニケーション(NVC)をベースにした子ども向けのプログラム「音読こくご塾」を、毎年の夏休みに開催するようになって、今年は4年目となった。
今年はNVC仲間の栗山のぞみさんが世話人となって、三鷹の自宅で開催することになった。

音読こくご塾では、子どもたちにまず、呼吸法や音響ワーク、群読で身体感覚を開き、活性化してもらったあと、各自自分の好きな(あるいは必要な)作文に取り組んでもらう。
夏休みの宿題の読書感想文や作文に取り組む子もいれば、好き勝手に小説や詩を書く子もいる。
そこには強制や義務や決まりごとはなく、自由が保障されている。
やりたくなければ遊んだり、寝ていてもいいし、やりたければいくらでも書いていい。

そのような場ができたとき、子どもたちになにが起こるかというと、驚くほどの創造性の発揮が現れるということだ。
ここのところを大人はなかなか信用できなくて、放っておけず、あれこれ口出ししたり強制してしまうのだが、子どもたちが自発的になったときの創造性は、本当に目を見張るようなものがある。

子どもたちは自分のニーズにもとずいて、それぞれ創造性を発揮して、学びと成長のチャンスを作りだしているのだが、大人は自分たちや社会的な都合を子どもにあてはめようとして、成長を阻害する。
たとえば、期日までに夏休みの宿題を終えてほしい、とか、どうせ書くなら好き勝手な文章ではなく読書感想文を書いてほしい、といったようなことだ。
それはこちら・大人側のニーズであって、それを押しつけたところで子どもはいやいややるかもしれないけれどそこには学びや成長は少ない。
そしてこちらと子どもの関係性にも問題が生まれる。

大人は自分のニーズにきちんとつながって、それを子どもに伝えることはできるかもしれないけれど、子どものニーズも大切にしてやりたい。
お互いのニーズをともに満たす方法をいっしょにかんがえる関係でありたい。

中学一年の男子は、社会性をすでに身につけていて、親のニーズも学校の要求も、そして自分が困ることの理解もあって、計画どおり宿題をすませたいと決意していた。
こちらはそれを邪魔しないようにするだけだったが、それでも順調に進むのか、なにか自分の不本意なことを強要されるのではないかという不安やいらだちを抱えているようで、そこに共感して寄りそう必要がすこしあった。

小学生はただのびのびと、親や学校の意向など関係なく自分のやりたいように字を書いたり絵を描いたりに熱中していたが、私としては子どもがよその家に来てのびのびとすごせるような場づくりができたということ自体がお祝いだった。
とにかく子どもには安心してのびのびすごしてもらいたい。
そういう場で子どもはみずから学び、成長していくと思っている。
親が自分の思ったように学んでくれないとか、期日を守らないとか、学校の規則を遵守しないとか、いらいらすることがあるとしたら、それは親自身が自己共感して落ち着く必要がまずある。
親が自分のニーズにつながって落ち着いていたら、ひょっとして子どももこちらに耳を傾けてくれるかもしれない。

今年の音読こくご塾も、参加してくれたみなさん(とくに子どもたち)のおかげでたくさんのニーズを満たすことができて、とても幸せな気持ちで終えることができた。
場の提供と場づくりのサポートをしてくれたのぞみさんにも感謝。
みなさんに心からありがとう。